12.野営の餐
「丁泉さま、申し訳ございません」
「構わん、寝ていろ。お前はあれに頭をぶつけたのだ」
丁泉は拷問にでも使えそうな石臼を指差す。
「いえ。頭ではなく、これからのことです」
「これから?」
「えぇ。私は、黄華殿に婿入りいたします。ですから……
思いつめた表情の桓範。俯いて、言葉を続ける。
「これまで同様に、仕えることは叶いません」
桓範の肩は震えていた。
丁泉は、そんな桓範の肩に手を置いて語り掛ける。
「心配するな、俺はちゃんとやっていける。たとえ、お前が……ずっと、幼い頃からずっと支えてくれたお前がいなくなっても……俺は……」
「て、丁泉さま……」
手を取り、涙ぐむ二人。
「お前の家族も、そうだ、あの最近仲良くなったという、お前の良い人も、俺が、全責任を持って守り抜く。だから、だから、お前は心配するな! 自分の身体のことだけを大事にしろ」
「うっうっ……お心遣い、感謝してもしきれません…」
「「うわあああん」」
男二人の友情、そして主従の絆。
それが強固なことはよくわかる。わかるのだが……
(わざと聞かせてんだろうな、この三文芝居)
獲ってきた白鰱を洗いつつ、黄華は『けっ』と舌を打つ。
連れて来られた、このあばら家は狭い。
隣の部屋の会話など、丸聞こえだ。
「鞭打たれようとも、私は耐えてみせましょう!」
「そうだ、そうだ。がんばれ、桓範!」
耳障りなこと、この上ない。
(気を利かせて夕餉を作ってるってのに……!)
だいたい、鞭打ちなんてするか、と腹いせ混じりに白鰱の首を落とす。
今日の夕餉は、白鰱の他、集めた茸や野草が材料だ。
くわえて、長く放置されている家なので、かまどは壊れ、食器の類も満足にない。
ゆえに、黄華なりの工夫と知恵を駆使している。
だと言うのに。
「母は悲しむでしょうか。父も……初孫を楽しみにしていたというのに……」
「きっと、大丈夫だ。気持ちを強く持て、桓範! いくら何でも、無理やり手篭めには……」
人のことを、鬼か化け物だとでも思っているのだろうか。
(こいつらに飯やるの、やめようかな)
黄華はため息をついた。
◇◆◇
「う、うまいな……。とても、野営の味じゃないぞ」
「そうですね……楽子山が唸るのも頷けます」
「……ふん」
黄華の作った料理は、白鰱の蒸し焼き、椎茸と野豌豆の吸い物、それから枸杞の実だった。
小麦でも手に入れば主食も作れただろうが、そこは我慢してもらうしかない。
「しかし、この皿にはどういう意味がある?」
「香り付けや温度調整のためですね」
丁泉が言う『皿』は、そこら辺にある、あばら家の建材から拝借した物だ。素材は水杉。本来なら建材は乾燥して木板皿には向かないものの、崩れた物は都合よく使えた。
「本当なら、酒に浸けたりした方が良いですね。ただ、ここでそれは望めません。ですから、水に浸して、白鰱を香草と杉の葉で覆うことで代わりにしました」
「ふむ、水に浸けた木材は燃えず、蒸気が上がる……か」
丁泉は顎に手をやって思案している。
「おい、桓範。これ、兵士の野営にも良いな」
「燃料や水はどの道必要ですし、形も輸送しやすいですね」
「使えそうだろう」
話し合う二人を見て、黄華はそっと手を挙げた。
「……そろそろ本題に入りたいのですが」
「待て。もう一つ聞かせろ。塩はどうした?」
「……?」
黄華は首を傾げる。
「馬用の岩塩を借りました。あ、もちろん、削りましたよ」
「なるほどな……桓範!」
「はい、記帳しておきます」
丁泉はにいっと笑って黄華に向き直る。
「荊央はな、塩の産出が乏しい。塩田は東側に一応あるが……。だいたいが北部からの輸入だ」
「つまり、どういうことですか?」
「馬用の岩塩と食用の塩だと、馬用の方が安いんだよ」
馬用の岩塩を食用にできるなら、支出が減る。
つまり、そういうことだろう。
黄華としては、馬用だろうがなんだろうが、塩は塩。
それに、独特の風味や味のある岩塩の方が、合わせる食材によっては使いやすかったりもする。
「ただ、ちゃんと削らないと、石を齧ることになりますよ」
「行軍中の野営なんて、元から土も石も齧るさ」
なんだろう。この嬉々とした表情は。
さっきまでは丁泉も桓範も三門芝居で泣き真似をしていたというのに。
何かあれば大袈裟に騒ぐ。
面白いことがあれば、仲間とはしゃぐ。
(まったく、これだから男ってやつは……)
だがまあ、不思議と悪い気もしない。
ここまで、無理やりに連れて来られたと言うのに。
(しょうがないか)
黄華は小さくため息をついて、天井を見上げた。
三回くらいまるまる削除を繰り返して間が空いてしまいました。。




