表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/32

11.偽りの婚約

 耳に入るのは、駿馬(しゅんめ)の駆ける音。

 初夏の道は少し乾いて、広がる大地に舞う土埃と青々とした草の香りが胸に広がる。


「……」


 遠くで、蝉の鳴き声がした。

 ざわざわと風に揺れる木々は、まるで歌うようだ。


「……」


 荊央(けいおう)州は緩やかな丘陵地帯が続く。

 ゆえに、馬上はそれほど揺れることもない。



(良かった)


 黄華(おうか)はそう思った。心の底から。


「おい、あまり動くな」

「……」


 馬上から丁泉(ていせん)の声が聞こえる。無理な相談だ。

 なぜって、黄華は吊るされている。


 目隠しされた上に、後ろ手で縛られて、口には手拭い。

 その上で馬の脇に吊るされている、それが現状なのだ。


「……」


 文句の言葉は、もごもごと馬の足音に流されて消える。


(ここんところ、晴れの日が続いてたからなあ)


 それだけが、せめてもの救いだった。

 これで雨上がりのぬかるんだ道やら、揺れる岩場を走っているとなれば、肝が冷えるだけでは済まない。


「着いたぞ」


 ひょいと持ち上げられて、黄華は地面に降ろされる。

 そのまま、手かせ、口かせ、目隠しと外された。


「っぷは……。何しに……こんな」


 平坦な道とは言え、荷物扱いで運ばれたので、さすがに気持ち悪い。足元がふらつくので、両手両膝をついて肩で息をする。


「あー、まあ、なんか、すまんな」

「とりあえずこちらへ」


 桓範(かんはん)に支えられ、よろよろと立ち上がる。

 そのまま、黄華は浮かんだ疑問を口にした。


「ここは?」

「ここは北陽(ほくよう)国との国境付近です」


 放置されていたのであろう畑や家屋の跡が点在している。

 中に入れそうな物もあるが、ほとんどは朽ち果てていた。


「そうですか。忘れ去られた村……みたいですね」

「ここらに人が住んでいたのは、もうはるか昔だからな」


 隆中とかいう村名だったか、と丁泉は呟く。


「でも、どこか……いえ。何でもありません」


 不思議な感覚だった。

 まるで、故郷に帰ってきたように心が落ち着く。


 廃村の中、比較的状態の良い家屋へ、一行は進む。


「ふむ。まあ、いい。それより、どうしてこんな人里離れたところへ連れて来たか分かるか? 今ならまだ、ただ『諾』とだけ言えば、それで済ますことも出来るぞ」


 丁泉からの問いはこれで二回目。

 けれど、黄華の返事は変わらない。


「料理と嫁の件はお断りします。それに、人様の事情とやらの方は、聞かれるまでもありません」

「黄華殿、それはどういう意味ですか?」

「誰かに口外なんてしませんよ。それに、誰が信じるっていうんですか。私はただの絵描きですよ」


 黄華の言に、桓範は思案顔だ。丁泉はと言えば……


「意外だな。この状況でそうまで言えるか。それとも、口封じされることも想像できないのか?」

「それは、ありませんね」


 黄華は薄く笑い、横目で丁泉へ視線を向ける。


「なぜそう思う?」

「茹でた枝豆を前にしたような顔を、していますからね」


 その言葉に、丁泉は破顔する。


「ふんっ、なるほど、わざわざ収穫させて目の前にあるのに、食う前に捨てる奴はいないってことか」

「はい。捨てるにしても、中身を確かめるくらいはしたいのが、人情でしょうから」

「なら、しっかり味見をさせてもらえると助かるのだが。 さやに入ったままの豆を(かじ)る趣味はないし、」


 丁泉は、ずいと黄華へにじり寄る。


「お前も何かを隠しているのだろう?」


 ほのかに武骨さを感じる指が、黄華の顎に触れた。

 無理矢理ではない、それでも、抗いがたい斥力で黄華は上目遣いを強いられる。


「……っ」


 小さく吐息が漏れる。

 横目で桓範を見れば、いつのまにか置物になっていた。

 今回はあばら家の前で門番役らしい。


(そろそろ、はぐらかすのも厳しいか)


 この場で殺されることはなさそうだが、貞操の保証は残念ながら怪しい。周囲に人はいないし、力では敵わない。


 なら、せいぜい有利な条件で話をまとめるしかない。

 決断する。

 状況を拮抗させるには『家庭三分の計』しかない。


「……条件があります」

「条件?」

「えぇ。結果として、丁泉さまは私に言うことを聞かせられるでしょう」


 丁泉の手が黄華から離れる。


「お前が隠している『何か』を洗いざらい話すと?」

「少なくとも、料理に関しては出来ることをしましょう。ただ、男女の仲にも秘密は付き物ですから」

「くっくっく。とんだ女だな。お前は」


 丁泉は、髪をかき上げながら、抑えきれないとばかり声をあげる。宿で見た時と同じ、聡明さを湛えた、無邪気な笑顔。


「それで、条件というのは?」

「もし、私の働きが丁泉さまの眼鏡に叶うものなら……」


 黄華は、すう、と息を吸う。

 まさか、自分がこんな選択をするとは思わなかった。


 鈴猫(りんまお)が聞いたらどう思うだろうか。

 驚くだろうか、怒るだろうか。

 何となく、「バカねえあんた」そう言われる気がした。


 それでも、今この場で、出せる条件なんて他にない。

 自分の身を守り、なおかつ素性を隠す、そんな方法は。


 覚悟を決める。


「桓範さまを婿にください!!」


 がたん、と桓範が倒れる音が聞こえた。

 丁泉は無視して、流麗な動きで礼をする。


「わかった。それでは改めて問おう。ある料理の調理方法を解き明かして欲しい」

「おおせのままに」


 もちろん、これは打算である。

 丁泉と桓範の関係は、黄華が見る限り単純な主従の関係ではない。位の高低だけでは決まらない、血縁に近い何かを感じる。


(お目付け役か教育係……だろうね)


 その桓範を婿に取れれば、黄華の立場は一変する。

 今は逆らいようのない丁泉を、義弟同様に扱えるのだ。


「ふん。お前の思う通りにはさせないがな」

「何のことでございましょうね」


 丁泉は今回に限って、黄華を料理で働かせる。

 黄華はその功で桓範を婿にもらい、以降の追及をかわす。

 桓範は……まあ、嫌なら離縁してもらえばいい。


(三顧の礼には、応えろ……そんな家訓もあったし)


 そうして、黄華、丁泉、桓範の奇妙な三角関係が結ばれたのであった。


ルビ全部に振った方がいいのかな

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ