改造空母
ワシントン軍縮会議により新造の戦艦を建造できなくなった皇国であったが、だからといって拗ねる訳でもなかった。
散々大暴れした新堀達が大西洋航路の巨大客船に揺られ欧州視察を兼ねて鉄路でユーラシア大陸を横断し旧帝国、元共産共和国の首都モスクワから皇国には因縁深いシベリア鉄道を使いウラジオストクまで戻り再び船に乗り換え皇国に戻った時には既に皇国各地で大規模な事業開発が行われていた。
軍縮会議の最中から既に軍縮により浮いた予算枠を使い列島の大規模工業化を推し進める計画が進行していた。
それが一ヶ月の合間に細部を積められ、既に始動していた。
海軍としては大型艦建造ができなくなってしまった代わりではあるがその分条約明けに向けて港湾設備の改修を進めていた。
特に軍が持っている横須賀造船所、呉造船所、佐世保造船所だけでは現在保有している大型艦の整備や改装をしつつ新造艦を作るのは不可能とされ新たに大分県の大神に超大型ドッグと船台を複数持つ大型海軍工廠の建造計画が始まっていた。
さらに官民一体となって東北、北陸方面に大規模な工業地帯を作る計画も浮上していた。
このため海軍に回す予算は現状駆逐艦の更新や潜水艦の建造が精一杯でありそのほかは技術開発が主だった海軍休日時代に突入していた。
「いやはや、帰ってきて早々だが浦島太郎になった気分だ」
本来彼がいるべき海軍本局の一室に戻ってきた彼は帰路に着く合間に見てきたことを整理しつつその合間になにがあったのかを副官が書類としてまとめたものに目を通しつつつぶやいた。
「しかしこうなりますと当初予定していた戦艦に代わる新型巡洋艦の建造は困難かと」
大砲屋と呼ばれる派閥に所属する副官は苦虫を噛み潰したような顔で頭を下げていた。一応新堀も大砲屋ではあったが特段戦艦や巡洋艦に興味がある方ではなかった。その上今回の大暴れで敵も増えている。近いうちにこの椅子とも別れるだろうと思っていた。
「出る杭は打たれる。無理に何かをすればまた押さえつけられる。その役目は我々ではなく別の者に代わってもらおう」
「と言いますと?」
「どうせ一万t以内で8インチ砲を搭載した艦など満足なものは作れないさ。なら元から作らず機を見て他者を圧倒すれば良い」
じゃんけんをするなら後出し。それが政治の世界であり政治の一部である軍もその例外ではないと呟く。
そして国力と言う身の丈にあった軍事力を超えるようでは国は崩壊へと歩みを進めると副官を宥めた。
「では現在の巡洋艦は……ああ、建造中止だよ。その分の予算は国内開発に使ってもらおうじゃないか。それか空母建造があったはずだが……」
「そちらは巡洋戦艦の計画予算を流用して改造艦として通しています」
既に船台が組み上げられている六六艦隊計画1号巡洋戦艦、2号巡洋戦艦。この二隻の予算は実のところ2年前の予算で建造が可決しておりここまで計画が遅れていたのも実のところ意図的なものであると言う噂が絶えない。
しかし予算は既に組まれているため今更中止もできず、早急に船体設計を流用した航空母艦の設計に設計局はかかりきりとなっていた。
「それで二隻か。後もう一隻くらい作れそうだが……」
「流石に今の状況では無理かと、国内開発が落ち着く28年ごろを目安にしましょう」
「そうだな。なら私はとっくに退官しているわけだ」
皮肉をこぼした新堀だったが副官は黙ったままだった。その目線には非難よりも、疑問符が浮いていたが新堀はそれに気づくことはなかった。
「それで空母の方だが、設計局はなんて言ってきてる?」
「はい、連合王国の空母ヒューリアスを基本とした2段式空母とする予定と聞いていますが……」
それを聞いた新堀は途端に表情を固くした。何か気に障るような事をしたのだろうかと副官は焦り出す。
「……いかんな。今度の設計局との会議には私も参加しよう」
「艦の設計を決める会議にですか⁈」
「海軍の長が参加してはいけないと言うことはないだろう。それにこれでも艦の設計は色々見てきたからな。完全な素人ではないさ」
「なるほど、結月くんは関わっていないと言うわけか……ならこのような設計になるのも仕方がないかもしれない」
「だが私の目の黒いうちにそのようなことはさせない」
「言いたいことはわかるが最新の報告書を読んだことはあるかね?」
艦艇設計の仕様決定や状況報告を行うその会議は、頭上から鉄板を押し付けられているかのような重圧で埋められていた。部屋全体が雰囲気に飲み込まれ一人として身動きできないのではないかと言うような錯覚に陥っていた。
「まあこれは一般に公開しているわけではないが、外務省と国防省の伝手で連合王国の最新の報告書や技術関連の知識は送っている。知っているだろう」
巡洋戦艦の空母化改造の主任技師は戸惑いながらも肯定した。
「それでここに書かれている通りだ。2段式の空母は運用上不都合である」
「しかし同時に発艦と着艦ができる利点はなんとも捨て難いと……」
それでも彼は多段式空母の利点を説明しようとした。
「連合王国での2段式空母は滑走に使う飛行甲板の距離が足りず機体の大型化、高速化には不都合であるため一段全通甲板が長期間運用するには最適であると書いてあるぞ」
しかしそれすら予定していたかのように新堀は別の資料を突き出した。
それは連合王国から直で取り寄せた資料とその翻訳版の2部だった。その内容を突きつけると主任技師は初めてそれをみたようで驚きが隠せなかった。
「そ、それは……」
「それに君たちがいうこのような三段空母では一番下の甲板で滑走に使える甲板は40mしかないじゃないか。中段なんて12mだぞ。これではとてもじゃないが数年で艦載機の運用ができなくなるぞ。ただでさえ次期艦載機として設計している試製11年式艦上戦闘機は失速速度が早いんだぞ」
多段式というが実のところ艦の後部から最前部まで滑走路として使えるわけではない。
初期設計の三段式空母案では最下部の第一甲板に設置された滑走路は艦首側の約40mしかなかった。残りは全て格納庫とされ滑走には使えない。
その上の甲板はさらに短い。現在戦艦伊勢と軽巡洋艦大井で試験されている艦載機発艦用の滑走台とほぼ同じ長さしかない。
それすら10年式では燃料を半分まで減らさなければ離艦は出来ないのだ。多少速度があるとは言え航空機の進化を考えると実用性がないのは明らかだった。
しかし現在新堀が相手にしている技師はまだ入隊一年目の若手も若手であった上にその部下も多くが経験のない者で固まっていた。中には多少経験がある人もいるものの、大砲屋や水雷屋の派閥であり空母どころか航空機においても素人当然であった。
「そうなのですか?」
「資料に目を通すことから学んだ方が良いかもしれないな」
「それと、これを見ろ」
「これは‼︎」
「合衆国がレキシントン級巡洋戦艦を空母へ改装するそうだ。これはその模型だそうだ」
「私もこれがかなり合理的だと考えている」
「そこで私も素人ながらこのような設計を書いてみたのだがどうだろう?専門家の立場から聞いてみたいのだが」
「これは……図面を書くことができるのですか?」
「昔民間の造船所にいたからな」
船体そのものは天城型巡洋戦艦のものであったが、第一甲板を第一格納庫甲板としその下に二層分の区画を使った下段格納庫を持っていた。
上段の格納庫は左右をシャッターで閉じた開放型とされており、格納庫上部に一階層の居住区画や通信設備区画を設けその上に飛行甲板を設置した構造となっていた。
その飛行甲板に至っても格納庫最前部の第一エレベーターと最後部第三エレベーターの合間の部分は20mmのDS板上に40mmのNVNC装甲を貼った装甲甲板とされていた。
「装甲空母?」
「飛行甲板だけだがな。巡洋艦や戦艦と違い空母は1発の被弾が戦力を奪いかねない構造だ。だからせめてここくらいは被弾に耐えうる設計としておきたいのだ」
実際には装甲甲板の下に一層だけ区画が設けられており格納庫天井面は構造強化のため15mmDS板が貼られている設計だった。
それら装甲による重量増加は船体側の装甲撤去によりほぼ相殺されており巡洋戦艦の船体であるため問題はないと考えられていた。
ただしそれら以外の艤装重量がかなりの重量となるため船体には大型のバルジが設置されており機関もまた仕様が変更されていた。
さらに設計技師の目を引いたのは艦首ギリギリまで引き伸ばされた飛行甲板と前後に大きく伸ばされたアイランド型の艦橋だった。
「このような構造では飛行機の着艦の際に風の影響があるのでは?」
本来の計画ではこのようなアイランド型の艦橋は着艦の際に気流を乱してしまうと考えられていた。
事実艦橋周りの空気の乱れは確かにあるが、現在の機体でもパイロットからすればそこまで気にするようなものでもなく、事実機体が大型化高速化するうちにそのようなものは些細なものとなっていた。
「いや現状模型による試験を行ったが艦橋程度ではそこまで問題とはならなかった。むしろ飛行機はプロペラの回転方向の関係で左側にロールする癖がある。左艦橋とする方がかえって危険という結果が出ている」
既に答えを用意していたかのように別の資料を見せれば、それは帝都大の流体研究室で行われた官民共同研究の結果だった。
そこには模型を使用したいくつかの試験で気流の乱れはあまり問題にならないという結果がいくつかのテストパターンと共に載せられていた。
まるであらかじめ分かっていたかのようなピンポイントな指摘と対処に一部の人間は彼を不審に思ったが表立って指摘できるようなものでもなかった。
「わかりました。これだけでは細部が分かりませんので検討した上で再設計を行います」
それをみた技師は流石に頭を抱えながらも納得したように新堀の案を受け入れた。ここまで出されてしまえば若手の彼は逆らう気力が起きなかった。その上耳打ちでこの手柄は全て技師に譲るとまで言われてしまえば欲のある人間は新堀にNOを突きつけることはできなかった。
「よろしく頼んだ」
こうして装甲の厚さ変更や内部構造の変更、煙突の位置や形状など若干の修正は行われたものの、1号巡洋戦艦改め航空母艦天城、赤城は呉の造船所で建造されることとなった。
惜しくも建造が再開した二ヶ月後に、関東大震災が発生し建造は遅れたものの、1926年に就役する事となった。
天城型航空母艦
同型艦2隻(天城、赤城)
皇国初の航空母艦。1号巡洋戦艦がワシントン海軍軍縮条約で保有が禁止されたため空母への設計変更枠(2隻分)を利用して改造したもの。
巡洋戦艦の設計を流用しているが実際には1号巡洋戦艦は船台が組み上げられただけであり条約発行時には船体すら建造されていなかった。
巡洋戦艦からの改造では合衆国のレキシントン級巡洋戦艦を改造したレキシントン級航空母艦が挙げられ、天城型とレキシントン級では設計思想も似ている点がある。
しかし天城型は皇国の独自色が強く、甲板の装甲化に至っては世界初の試みであった。
また船体が出来てしまっていたレキシントン級と異なり船体から再設計する余裕があったため船内の効率化や抗堪性はレキシントンよりも高いとされていた。
船体
全長260m、水線長250.5m
全幅36.1m、水線幅31.9m
基準排水量37500t
本来の巡洋戦艦計画では41 cm主砲12門という長門型戦艦と同等の攻撃力を持たせつつ30 ktの高速力を両立させる関係上、船体全長は長門型の船体をベースとして250 mを超えるものとする予定であった。
航空母艦へ改装される際も作り上げた船台の上に設計する関係上船体構造は大きく変更されることはなかったが、左右の垂直装甲は撤去され、長門型と同じ魚雷防御のための空間装甲のみが残された。
また空母化改装により排水量が減少したため喫水が低くなった。それでも基準排水量で37000tを超えており排水量の通達数値こそ27000tではあるが完全に規定超過していた。
そのため実際には全長235m全幅25mと低い数値で公表していた。
防衛省関係者はこのことに内心ヒヤヒヤしていたが合衆国も連合王国も何も言ってこなかったため杞憂に終わったとのちに述べている。
また当時としては珍しく大型の艦橋を装備していた。この艦橋内部には作戦室や参謀室など旗艦として必要な能力がまとめられており、長門型と同等の旗艦能力があったとされる。
武装
就役当時は高角砲として十年式45口径12cm高角砲を単装砲架で10基搭載しており、それぞれ左右のスポソンに搭載していた。
また対空機銃として当初は7.9mm、13.2mm機銃が搭載されていたが、のちに換装されておりその際の大規模改修で高角砲も新型のものに交換された。
計画当初では8インチ砲を搭載する計画であったが航空機備品、燃料の搭載空間捻出のために搭載されることはなかった。
航空艤装
第一、第二甲板を貫く形で下段格納庫が配置されている。
格納庫面積は第一、第三エレベーター間の130m×20m
第一格納庫は第一甲板を床面とし左舷二箇所、右舷一箇所に高さ3m、幅10mの開口部を持つ開放型格納庫となっており甲板面積は192m×30mとされている。
エレベーターサイズは第一昇降機、幅15.5m長12m。第二昇降機、幅15.5m長12m、第三昇降機、幅9.15m長12.9m。
固有飛行隊として昭和2年(1927年)では88機補用8機。
露天での駐機を考慮して第三エレベーター後部の飛行甲板にワイヤーを引っ掛ける溝が装備されている。
建造当時から純国産の横索式のアレスティング・ワイヤー『茅場式1型着艦制動装置』を装備している。
装甲
機関室舷側 40mmCNC鋼
同室天井側30mmCNC鋼
弾火薬庫舷側60mmNVNC鋼+20mmDS鋼
同室天井側100mmNVNC鋼+20mmDS鋼
飛行甲板40mmNVNC鋼+20mmDS鋼
格納庫天井25mmDS鋼
機関
巡洋戦艦時代に搭載予定であった新型のロ号艦本式を搭載し予定機関出力は4軸合計13万1200馬力に達するものであったが、空母ではそこまでの出力を必要としないため
ボイラー数を減らし主缶12基四軸合計10万1000馬力となった。それでも主機械は推進軸1軸あたりの出力が大きくなったためタービンや歯車減速装置の構成が長門型から変更される事となった。
また発電機構成は長門型からディーゼルエンジンを増やす予定であったが、空母化改装の際に陸奥に搭載する予定だった発電機を搭載する事とし発電力などは長門型と同等に落ち着いた。




