ジュリーとドナ(2)
「あのぅ......あたしに話ってなんですか?」
「それはね、ここじゃなくてロビンと一緒にお茶でも飲みながら、話すことにしましょう。その前に、その腕の傷も手当てしたいしね」ドナはいった。
「あっ、これはたいした傷じゃないから......」
ジュリーはあわてて、右腕を隠した。
「そういうわけにはいかないわね。後で、私がロビンに怒られるから」
「えっ?」
「ロビンなら、きっとこう言うはずよ。母さんのせいで怪我したのに、傷の手当てもしてあげなかったのかってね」ドナが笑った。ジュリーは顔が赤くなるのを感じた。
そういえば、サファイアはどこに行ったの?ジュリーはバラの繁みに視線を走らせた。サファイアの姿はなかった。
ドナも、同じ様にしてバラの繁みに目をやった。
「さっきまで、そこにサファイアがいた様な気がするんだけど」
ドナは、首を傾げた。
「サファイアなら、あたしと話を......」と言いかけて、ジュリーは思わず口に手をおいた。
「サファイアに......嫌われてるみたいなの......」
ドナは消え入りそうな声でいった。
「そ......そんなことないと思います。だって、サファイアは優しい猫だから」
「......そうよね。サファイアは優しい猫だものね。私ひとりが嫌われてるなんてこと......あるわけないわよね」ドナは、自分を納得させようと、必死でしゃべっていた。
なんか......私が想像してた人と、ちょっと違うかもしれない......。人っていろんな面を隠し持ってるもんなんだなと、ジュリーは妙に納得した気分でドナを見つめた。
「あの、ちょっときいてもいいですか?」
「えっ?あら、いいわよジュリー。何でも訊いてちょうだい」
ドナは思いのほか、気さくな笑顔でいった。
「どうして......」と言った後、ジュリーはためらいがちに言葉を続けた。
「どうしてロビンを......学校に行かせないんですか」
ドナの、動きが止まった。ドナは、どうしてそんなことを訊かれたのか分からない、といった表情を浮かべていた。
「ジュリー......どうしてそんなことを訊くのかしら?」
「どうしてって言われても......普通は、一度くらい学校へ行った経験があるんじゃないかと思って......」
ジュリーは言葉を続けた。
「ロビンは......あたしと違って、学校へ行きたいんじゃないかと思って......半分はあたしの勘だけど」ジュリーは言った後で後悔した。
ドナは青ざめた顔で、何も言わず突っ立っていた。ドナは〝今気づいた〟と言わんばかりの顔でジュリーを見てきた。
「それって......ロビンから聞いたの?ロビンは本当に学校へ行きたがっているの?」
ジュリーのすぐ近くに、ドナの顔が迫って来た。
「......多分......そうだと思います」
「そう......そうなの......」
ドナは、ジュリーの顔から自分の顔を遠ざけた。
「どうしてって訊かれても......自分でもよく解らないのよ......」ドナは沈んだ声でいった。
「あの子が三歳の時──
家が全焼して、私は両目の視力を失ったの......あの子は、怪我一つなくて......でもあの子の父親は助からなかった............
火事の原因は、私の火の不始末じゃないかと囁かれたけど、本当はそうじゃなかった......。あの火事は......私の家の庭に〝魔女の呪われた印〟が残っていた為に起きたことで、呪いの印は千年の時を越えて、あの子の父親の存在によって発動した──
それは、とても運命的な悲しい出来事で......誰にも止めることはできなかった......
あの子の父親は......魔女アンジェリカの愛した青年の......血縁(子孫)だったの......」
ジュリーの口から、思わず驚きの声が漏れた。「......そんな......」とジュリーはいった。
「私も驚いたわ......。あの日偶然にも......その印の中に、あの人は立っていたの。魔女の印は突然に発動したわ。あの人の体は突然炎に包まれて、一瞬の間に燃え上がった。家も......あの人も......私の前で、メラメラと燃え上がる炎に飲み込まれていった」
ジュリーは思わず、ドナから目をそらした。ドナは、震える体を両腕で抱きしめると、沈黙の後、再び重い口を開いた。
「私は夢中で、ロビンに駆け寄ったわ。でも炎が強すぎてロビンに近寄ることが出来なかったの。その時、何かが......翼のある何かが、炎の中からロビンを連れ去っていったの......。すくなくとも、あの時の私には、そう見えたわ。その後のことは何も覚えていないの。気づくと私は、病院のベッドに寝ていて......その時から私の目は何も見ることができなくなっていた」
ジュリーは、心の底から後悔していた。
どうしよう......こんな辛い話を、ロビンのお母さんに語らせるつもりはなかったのに......。ジュリーは、自分自身に抱いた嫌悪感で、顔を歪めた。
「ロビンは......その日からずっと私の両目になってくれた。今でも......そうなの......私の両目は、イライザのくれたこの目で、光を見ることができる様になったけれど......私はロビンが側にいないと、今でも時々、怖くてたまらなくなるのよ......。ロビンを学校に行かせないんじゃなくて......ロビンが側にいてくれないと私が、独りでいるのが怖いからなの。上手く話せないけど......ロビンを学校へ行かせたくないわけじゃないのよジュリー。それだけは......解ってちょうだい」
ジュリーは、あまりの言葉の重さに体中が土に埋まっていく様な気分になっていた。
立ちつくすふたりの所へ、ロビンが急ぎ足でやってきた。ロビンはふたりの顔を見て驚いた。
「母さん!どうして震えてるの?それにジュリーまで......とても気分が悪そうだ......」
「そんなことないよロビン......気のせいだってば」ジュリーは必死で、作り笑いを浮かべると、わざとらしく飛び跳ねた。
「なんか、わざとらしいな」ロビンがいった。
「えっ、そう?」
ジュリーはとぼけた口調でいった。
「母さんたちが遅いから迎えにきたんだけど......ふたりとも気分が悪そうだし、話なら、明日でもいいんじゃないの母さん」
「いいえ、ロビン。今、話ときたいの。ジュリーも一緒に聞いてちょうだい。でも、ここで立ち話ってわけにもいかないから、ジュリーとロビンは先に行って、台所で待っててちょうだい」
ドナは、早口でまくしたてた。
「わかったよ母さん。母さんがそうしたいなら」
「ありがとうロビン。必要な書類を持ってすぐに行くわね。レモネードを三人分、用意しててもらえるかしらジュリー?」
「えっ?あたし?」
「そう。あなたにお願いしたいの」
「ええ、喜んで」
ドナは、いつもの元気を取り戻し、さっそうとした足取りで行ってしまった。
「ねぇロビン。書類ってな何だろう?」
「書類のことは、ぼくも知らないよ。それよりさっき何かあったの?ふたりして(自殺するんじゃないかと思うくらい)暗い顔してたから気になって......」
「ああっ......それは......」
「話したくないの?」
「うん、まあね。できれば......」
「そう、じゃあ訊かないよ」
「えっ?何を話してたか知りたくないの?」
「知りたいけど、話したくないなら、今はいいよ。話したくなったら、その時聞いてあげる」ロビンは口元に笑みを浮かべていった。
「ロビン......レモネード!」
ジュリーは突然、ドナに頼まれたことを思い出して叫んだ。
「ジュリーあわてなくてもいいよ。ぼくも手伝うから」
ロビンは、駆け出したジュリーの後を、小走りでついて行った。
ジュリーは、台所で気持ち良く歌っていた。
レモネードをさんにん分♪
喉を潤す魔法の飲みもの♪それはレモネード♪
レモネード!レモネード!
あなたの為に作ったレモネード♪
レモネード♪
魔法の飲みものレモネード♪
一口飲んだら、あなたは私の虜♪
レモネード!レモネード!
魔法の飲み物レモネード♪
「あなたも一口いかが?」
ジュリーは、ミュージカルスター並みの美声でレモネードの歌を口ずさみ、左手に持ったグラスの中にレモネードを注いだ。
「ジュリー」
ジュリーの背後で、ドナの声と拍手する音が同時に聞こえた。
ジュリーが振り向いた拍子に、グラスが揺れて、グラスの中の氷が飛びはね床にこぼれレモネードは半分に減った。
「あらあら。ジュリー、貴女の若さが、羨ましいわ」ロビンの母親が笑った。
「ああっ......なんだかすごく、悲しい気分だわ。レモネードが半分になるのを見たら、余計に喉が乾いちゃった」
ジュリーは情けない顔で、ロビンを見るとペロッと舌を出して笑った。
ロビンも、ジュリーの笑顔につられて笑った。
ドナは、手にした書類をテーブルの上に置き、椅子に腰かけた。
ジュリーとロビンは、横に並んで椅子に腰かけた。椅子に腰かけると同時に、ロビンがジュリーの耳元で囁く様に言った。
「ジュリー......さっきの歌、とても上手だったよ」ロビンが微笑んだ。
ジュリーの顔はまっかになった。
ジュリーは、目の前に座っているロビンの母親をチラッと見た。
ドナは、手元の書類に目を通していた。
「ロビン!ジュリー!レモネードを飲みながら、私の話を聞いてちょうだい」
いつになく真剣な、母親の声に、ロビンは緊張を隠せなかった。ジュリーが横から、ロビンを肘でつついた。
「ロビン。喉が渇いてるなら、レモネードを一口いかが」ジュリーが笑顔でいった。




