ジュリーとドナ(1)
そこは、城の中に作られた隠し部屋で──
出入り口以外の場所は、イライザの描いた絵画で埋め尽くされていた。
壁にそって、天井まで届く高さの本棚にはイライザの本が──
千年の歴史が──
積み重ねられていた。
「すごい......これって......全部イライザが集めた本なの?」
ジュリーのすぐ横に立っていたロビンが、微かな笑みを浮かべこくんと頷いた。
部屋全体をぐるっと一周するように、本棚で囲まれた隠し部屋の中で、ジュリーは感動のあまり身震いを覚えた。
部屋の一番奥にある小さな窓から──
微かな光が入りこみ、イライザの本を照らしだした。
ジュリーは、手を伸ばしてその本に触れると、ニッコリ笑った。
「ねぇ、ロビンここに来て、私と一緒に本を読まない?」
ロビンは本棚から、一冊の本を取り出しジュリーに笑顔を返した。
小さな窓の下には、小さなテーブルが一つと小さな椅子が二つ、向かい合わせに置いてあった。
椅子に腰かけ、本を読み始めたふたりは──
数分後には、本の世界へと心を飛ばしていた。
図書室から追い出される様にして出ていったドナは、サファイアが一緒に部屋を出たことには気づかなかった。
サファイアは城にある、お気に入りの場所へ一目散に駆けていった。
ドナは、城の外へ出ると同時に胸から笛を取り出し口にくわえた。
笛の音は、城中に響渡り、イライザの隠し部屋で夢中で本を読んでいた、ふたりの耳まで届いた。
「あっ......母さんが呼んでる!」ロビンが本から顔を上げていった。
ロビンは急いで、隠し部屋から図書室へと出て行った。
「ロビン......あんたの母さんて、いつから笛を使って、あんたのことを呼ぶようになったの?」
ロビンの後ろで、ジュリーがいった。
「ぼくが小さかった頃からだよ。母さんが......ぼくの姿を見ることができなくなった時──
笛の音が聞こえたら、どこにいても母さんの元へ駆けつけるからねって......ぼくが言ったんだ」
「ふぅーーん、そうなんだ......」
ジュリーはちょっとだけ、くちびるを尖らせた。
「ジュリー、君はイライザの図書室で、本を読んでてもよかったのに」ロビンがいった。
ジュリーは困った顔でロビンを見た。
「あたしも、あんたと一緒に行く」
「じゃあ、急いで下に降りよう。母さんてせっかちだから」
「ねぇロビン......。もぅ......笛は必要ないと思うんだけど」ジュリーがいった。
「どうして?どうしてそんなことを......」
ロビンは、戸惑った顔をジュリーに向けて言った。
「あっ、ごめん。気を悪くしないでねロビン。......なんか、笛で呼ばれて飛んでいくあんたを見てたら......犬みたいだなって思って......」
「母さんは、ぼくのこと犬だなんて思ってないよジュリー!」
ロビンは少しだけ、不機嫌そうにいった。
ジュリーはあわてて「当たり前でしょ。たとえばの話よ。あんたって変な所にこだわるのね」ジュリーはため息を漏らした。
ロビンとジュリーは、やっと城の一階までたどり着いた。ロビンは城の扉を開けて、庭を見渡した。いると思っていた場所に、ロビンの母親はいなかった。
「ロビンて、スマホとか持ってないの?」
「スマホって......携帯電話のこと?」
「そうよ。笛なんかやめて、スマホを使えばいいんじゃない?」
「......母さんは持ってるけど......仕事で必要だからね。でもぼくは」
「あんたは?持ってないの」
「持ってないよ。母さんが、ぼくには必要ないって言うから」
「なに......それ?自分は持ってるのに、あんたには持たしてくれないわけ?」
ジュリーは怒った口調でいった。
「そうじゃないよジュリー......ぼくには携帯電話を持つ必要がないんだ。ぼくには、母さん以外の知ってる人がひとりもいないし......ジュリーを除いてだけど......」
ジュリーは困惑した顔で、ロビンを見ると「ロビン......やっぱスマホ買ってもらった方がいいよ。そしたら、犬みたいに笛で呼ばれることもなくなるし......あたしとあんたとで、メールのやりとりとかも出来ちゃうし......そうなったら、あたしすごく嬉しいかも......」
ジュリーは自分のアイディアに、顔を輝かせた。
「ねぇロビン。スマホのこと母さんに頼んでみたら。スマホがあったら、これまで以上に、あんたともいろんなことが話せるし、きっと楽しいと思うよ」
「ジュリー悪いけど、携帯電話のことは......母さんには言えないよ。ぼくん家は(お城は)経営が大変なんだ......。お城を維持していくのには、すごくお金がかかるし......必要ないものを買う余裕なんて......今はないんだ......」
ロビンの最後の言葉は、ジュリーの胸に突き刺さった。ジュリーは胸に手をあてると、突き刺さった言葉の棘を、引き抜こうとして顔をゆがめた。
「......母さんが呼んでるから......はやく行かなくちゃ」ロビンは力なくいった。
「うん......わかった。あたしは、あたしはサファイアのお気に入りの場所にいるから......必要になったら呼んでね......」
「うん、そうするよジュリー」
ロビンは、これまでの遅れを取り戻そうといわんばかりの速さで、駆け出して行った。
ジュリーはサファイアのお気に入りの場所まで来ると、バラの花に顔を近づけ、ため息を一つついた。
「お前はいいわねバラ......。ここに、こうして咲いてるだけで〝綺麗だね〟とか〝素敵ね〟だとか〝いい香りね〟だとか褒め称えてもらえて......」
ジュリーはもう一度、ため息をつくとバラの花びらに、そっと触れた。
バラの繁みの中から、眠たげな顔をしたサファイアが顔を覗かせた。
「ジュリーだって、素敵な女の子だよ。時々いい匂いもするしね」とサファイアがいった。
「サファイア!」
ジュリーは嬉し涙を目にためながら「ありがとうサファイア。あんたが人間の男の子だったら、あたし......あんたのガールフレンドになってあげてもいいわよ」といった。
「ぼくはいいよジュリー。ぼくはイライザの猫だからね」とサファイアはいった。
ジュリーは、がっくりと肩をおとした。
「がっかりしないでよジュリー。ジュリーはタイミングが悪いんだよ。あんな時、スマホの話しなんてするから。ロビン家が大変なのジュリーは知らなかったの?それに、笛のことだって、あんな言い方したらロビンが怒るに決まってるよ」
「......そうかな。今時笛で、人を呼ぶなんて......やっぱ、ありえないよ。ロビンが可哀想......」
「そうじゃないよジュリー。ロビンは可哀想じゃないから。ロビンは小さな頃から、目の見えない母さんのことを助けてきたんだよ。小さな体で、一生懸命ね。笛で呼ばれることはロビンにとっては、なんでもないことなんだ。それが一番いい方法だと思ってるから」
「それでも......やっぱりロビンが可哀想だわ」
サファイアが突然〝ニャーー〟〝ニャーー〟と鳴き声を上げた。ジュリーの後ろで声がした。
「誰が可哀想ですって?」気づくと──
ドナの顔が、ジュリーのすぐ横にあった。
「きゃっ!」と声を上げたはずみで、ジュリーはバラの繁みに向かって、尻もちをついた。
「あ......痛っ」ジュリーは尻もちをついた拍子に、むきだしの両腕を、バラの棘で傷つけた。ドナは、あわててジュリーを助け起こすと、ジュリーの腕を掴んで、傷の具合を確かめた。
「良かった......棘は刺さってないみたいね......」ドナは淋しげな顔をジュリーに向けて「ロビンに貴女のことは(絶対に)笛で呼ばない様にと言われたわ」といった。
「えっ......」
ジュリーは服についてしまった汚れを両手で払い落しながら、ドナの顔を盗み見た。
「ロビンが言ったんですか......」
「ええそうよ。あなたは誤解してる、とも言ってたわね。その話は置いといて......別の話をしましょうジュリー」
ジュリーはドキドキしながら、ドナの顔を下から見上げた。
この人......こんなに背が高かったっけ?とジュリーは思った。ヒールを履いているとはいえ背の低い方ではないジュリーより、ドナは頭一つ分高かった。
なんだか、見下されている様で......嫌な気分だなと思ったジュリーは、自分でも気づかずに顔をしかめた。
「そんな顔をしないの。綺麗な顔が台無しになるわよジュリー」
この人......今あたしのこと、綺麗だと言った?
お世辞だとしても......綺麗って言われたら......やっぱり嬉しいかもとジュリーは思った。
ジュリーの目が輝いた。
「そう、そう、いい顔してるわよジュリー」
この人......人をおだてるのが上手すぎるーーーーっ!ジュリーは心の中で、両手を上げて降参した。




