ロビンとイライザⅡ──六年前──(5)
これにはロビン少年も驚いて目を見張った。
「血縁って、血が繋がってるってこと?じゃあ、イライザはぼくの親戚?」
「そうだロビン。お前と私には同じ血が流れている。お前の父親は私の父親にそっくりだった。お前を私の元へ導いたのは神様かもしれないが、私は神ではなく......お前に礼が言いたい。ありがとうロビン。私とニケを......魔女の呪いから解放してくれて、本当にありがとう。ロビン......お前はほんとにいい子だな......私は、お前のことが大好きだぞ」
そう言って、イライザは笑った。
イライザの笑顔は、お日様の暖かさを思わせた。イライザの笑顔は、バラの花よりも美しいとロビンは思った。ロビンの頭の中は、イライザへの想いでいっぱいになった。
ニケがぼーっとしているロビンを見て「フン」と鼻をならした。
「イライザ、お前はもう自由だ。もう誰かを必死で守る必要はなくなった」
「ああ......そうだなニケ。ニケも、もう誰かを必死で守る必要はなくなったな。ニケも、もう自由の身だ。たとえ......今すぐに命を落とすことになっても......。ニケ私はこれで良かったと思っている......ニケはどう思う?今すぐ死んだとしても、後悔はしないか?」
イライザはそう言って、ニケのことを見つめた。
「イライザ。後悔するのは人間だけだ」
「ニケ......」
「さっきも言ったと思うが、猫は後悔などしない」ニケはそう言ってからニカッと笑った。
ニケとイライザは、再びしっかり抱きしめあった。ニケとイライザの目から涙が流れ落ちた。ニケの涙は、長いヒゲの上を、つたって流れ落ち、ニケの毛足を濡らしていった。
「ニケ泣いてるの?」
ロビンはニケにきいた。
「お前は、猫が泣かないとでも思っていたのか」とニケはいった。
「だって......ぼく......ぼく猫が涙を流すところ初めて見たよ」
ロビンは興奮気味にいった。
「ふん。人に言いふらすんじゃないぞロビン。きっと馬鹿にされるからな」とニケはいった。ロビンは、笑いながら〝こくん〟とうなずいた。
イライザは人差指と、中指を使って、ニケの涙を優しく拭いた後〝ぎゅっ〟と、その体を抱きしめた。
「こらっ、痛いじゃないかイライザ!お前は手加減てものを知らんのか。お前は相変わらず、ばかな子供だな......」
ニケは言いながら涙を、ハラハラと流した。
「ニケ......泣くか怒るかどっちかにしろ......」
「私は泣いとらんぞ。勝手に涙が落ちてきとるんだ。私のせいじゃない」
ニケは、相変わらずあまのじゃくで、ぷいと横を向いた。イライザが笑った。
ロビンも笑った。
ニケだけは顔をくもらせていた。
「ニケ......体の調子はどうだ?何か変わったところはないか?」イライザはいった。
「どこも、おかしな所などないわ。それよりお前の方はどうなんだ?猫の心配などしとる場合じゃないぞ。お前の中に、微かに残っていた魔女の匂いは、完全に消えてしまった。魔女の力は、お前の中から完全に消えてなくなろうとしている......それは、もう、お前が魔女でなくなるということだ......。もうすぐ......お前はただの人間の子供に戻るだろう......人間なら、もうとっくに死んでいる年だな。イライザ、お前の方こそ、なんともないのか?」ニケは心配そうに尋ねた。
「大丈夫だニケ!ほら、私ならこんなに元気だぞ」イライザは長いスカートの裾を両手で掴むと、くるりと回ってみせた。
実に、千年ぶりのことだった。
イライザは、ニケとロビンの前で、何度もくるくると回ってみせた。
「イライザ......お前はあの魔女のことを、今でも許せないと思うか?」ニケがいった。
「ニケ......」イライザは言葉を詰まらせた。
「あの魔女は、お前から家族を奪った。奪っておきながら、お前に自分のことを〝アンジェリカおばさん〟と呼ばせて城に連れて行きお前に住む場所と食事を与えた。
あの女は魔女なんだから、お前にさっさと正体をばらして、お前を魔法で縛りつけ、こき使うことも出来たはず......だが、あの女はお前に庭に出る自由を与え、私のことも気づいていながら(多分だが)、お前の為に見て見ぬふりをした。
お前が独りぼっちで、寂しがってると思ったからだろう。それ位は、猫の私にもわかるからな。魔女のしでかしたことは、私にも許せんが......それが魔女というもんだ。魔女には人間の気持ちの複雑さが理解できんからな。だが......魔女は自分のことを〝アンジェリカおばさん〟と呼ばせて、お前のことをわかろうと必死で頑張った。多分だがな......。
あれは、お前が城にきて、二日目のことだった。お前は疲れきっていたので、椅子に腰かけたまま眠ってしまった。
お前の頬には、涙の痕がいくつもついていた。そこへあの魔女が荒々しく扉を開けて中に入ってきた。あの女は、眠っているお前の横顔を見て〝はっ〟と息をのんだ。
お前の横顔が、父親の顔によく似ていたからだろう。魔女は男の名を呟くと、お前の側に近寄り、椅子の横に膝をついて座った。まるで......人間の母親のようだったな......。
魔女は眠っているお前の顔に、自分の顔を近づけると匂いを嗅いだ。
そしてお前の、波打つ金色の髪にそっと手を触れて、また匂いを嗅いだ。魔女は匂いを嗅ぐのが好きだからな。魔女は戸惑いながらも、お前の頬にくちびるをそっと押しあてた。それを見ていた私は心臓が飛び出すくらい驚いて、もう少しで〝ギャーーッ〟と悲鳴を上げるところだった。
魔女は自分の行動に慌てふためき、急いで(部屋を出ようと)立ちあがった。その時、眠っているお前の目からこぼれ落ちる涙を見て魔女は足を止めた。魔女は再びお前に近寄り、頬に流れる涙を拭うと、お前の体を毛布で包み、足音を立てない様に、そっとでて行った。私は一部始終見ていた。あの時のことを思い出すと、猫の私でも胸が熱くなるのを感じる......。あの夜、目覚めたお前は......膝の上で丸まっていた私に礼を言ったが......イライザお前が礼を言う相手は、私ではなくてアンジェリカおばさんの方だったんだ」
ニケは長い話を終えてほっと息をついた。
イライザは呆気にとられた顔をして、ニケを見つめた。
「どうしたイライザ。間の抜けた顔をしとるぞ」ニケはからかい気味にいった。
「ニケ......どうしてそのことを私に話してくれなかった?どうして今まで隠していたんだ?」
ニケは「ふん」と鼻を鳴らした。
「私はあの女のことは嫌いだったからな。お前に話してやった所で、あの魔女がお前を騙してることに、変わりはないからな。
あの魔女がお前に優しくしたのは、あの時が最初で最後だ。あの魔女は......お前の家族を殺した。それが真実だ。
真実を知ったら、お前は傷つくだろうからなだから私は、本当のことをお前に話せなかった。イライザ、真実を知ってしまった今でもお前は、あの魔女を許せるのか?ロビンの父親の命までも奪った、魔女を許せるのか?」
ニケの冷たい言葉がイライザの胸に深く突き刺さった。
ロビンが心配して、イライザの名前を呟いた。
「大丈夫だロビン。私なら大丈夫だ......」
イライザは、ニケの目を見据えながら「ニケ私のことならもういい......。それより、この呪われた印を消し去るにはどうしたらいい?」といった。
ロビンが横から口を挟んできた。
「イライザこの呪文は消せるの?」ロビンは、目に見えない印が描かれている地面をじっと見つめた。
「そうだな......ニケの力を借りれば、なんとかなるだろうな」
ニケは、押し黙ったままだった。
「そうだろうニケ?お前は千年を生きた魔法猫なんだからな」
イライザがそう言うなり、ニケは印の前に立ちはだかり、一声鳴いた。
ニケの声は、とても猫の出す声とは思えなかった。言いようのない響をしたその声は、遠く低く流れ渡り〝印〟の周りで輪を描く様にして、浮遊し続けた。先程前まで見えなかった印がロビンの前に、はっきりと浮かび上がってきた。
ロビンは驚いて尻もちをついた。
イライザは〝印〟の前で佇むと、胸で十字をきって目を伏せた。
「アンジェリカおばさん......。あなたのしたことは、決して許せないけど......でも私は、あなたの罪を許します」
「ロビン?」イライザがきいてきた。
「うん。ぼくも許すよイライザ......」
「アンジェリカおばさん。私とロビンは、あなたを許します」
イライザの流した涙が、魔女の印にそって流れ出し、全ての場所に(形に)行き渡ると青い光を放ち、その光は空へと真っすぐに伸びていった。そして、光は空に消えて見えなくなった。
ニケとイライザとロビンは、青い光が消えていった空をただ黙って見上げていた。誰も動こうとはしなかった。
ロビンがはっとした様に口を開いた。
「ぼくたちがこんなに騒いでるのに、母さんはどうして気づかないのかな?」
イライザが、悪戯っぽい笑みを浮かべていった。
「ロビン。それは、私が魔法の呪文を唱えておいたからだ。お前の母さんが何も気づかない様にとな」




