ロビンとイライザⅡ──六年前──(4)
ロビン少年は、再びイライザの手を握りしめて歩き出した。イライザの城はどんどん遠ざかり、イライザの心を不安にさせた。
イライザの気持ちに気づいたかの様に、ロビンは、握りしめた手に力をこめた。
街中を行き交う人々は、イライザの心をますます不安にさせた。
ロビンは、イライザを安心させる為に何か話さなければと考えた。ロビンの話はニケのことから、母親へと変わっていった。
母さんが失明したのは、家が火事になった時燃え盛る炎の火の粉が目に入ったからだと、ロビンはイライザに話した。
イライザは人目を避けながら、ロビンの話に耳を傾けていた。
ロビンは、家が全焼した後、地面に残った奇妙な印のことも、イライザに話して聞かせた。途端に、イライザの顔から血の気がひいた。
「なんてことだ......」イライザは青ざめた顔で呟くようにいった。
「イライザ......どうしたの?顔が真っ青だよ。気分が悪いの?」
「いいのだロビン......急いでお前の家へ私を案内してくれないか」
「うん。わかったよイライザ」
駆け出したロビンの足が急に軽くなった。
右足が地面に着いた途端、ロビンの体は羽を広げた鳥の様に、宙に浮いた。右足のかかとが地面に触れると、またもや体が宙に浮いた。
ロビンの足は宙を蹴りながら、ひとりでに駆け出して、どんどん家まで近づいて行った。
ロビンは魔法を体感したのは初めてだった、ロビンは後ろを振り向くと、イライザにとびきりの笑顔を見せた。そして、イライザに親指を立ててみせた。イライザは親指の意味がわからずに、首を傾げた。
「ここだよイライザ。火事になる前、ぼくん家はこの庭の真ん中にあったんだよ」
と庭を指さしていった。
庭に足を踏み入れた途端、イライザは思わず息をのんだ。イライザの体は、その場で立ち止まったまま、一歩も動けずにいた。
まるで......誰かに魔法をかけられてしまったかの様に──
イライザの異変に気づいたロビンが「どうかしたのイライザ?」と声をかけた。
イライザは、ロビンの指さした先を見つめ続けていた。ロビンが指さした庭の真ん中には、草一本生えておらず、乾いた土の上には、イライザだけに見える、魔女の呪いの印がしっかりと残っていた。
イライザは愕然として、その場に崩れ落ちた。
「イライザ!」とロビンは叫んだ。
「イライザ!イライザ!だいじょうぶ......」
「ああ......ロビン。驚かせてすまない......」
イライザが立ち上がる姿を見て、ロビンはホッと胸をなでおろした。
「驚かせてすまなかったなロビン。此処は......昔、私と父と母と......まだ赤ん坊だった妹と暮らしていた場所......。私の家は、この地面に残された魔女の呪いの印がある場所にあった」
「......」ロビンは驚いて、体をピクッと動かすと、イライザの手を握りしめた。
「大丈夫だロビン。心配するな」
イライザは、そう言うとまた話し始めた。
「......あの日魔女は城の中にいて、呪いの呪文で、私の家に火をつけた。あの日私は......父と母と妹を亡くした......。あの時の魔女の印が『魔女の呪いの印』がまだ生きていたなんて......そんなことが......あるのだろうか......?」
イライザはロビンの顔を両手ではさみこむと「ロビン......お前は、この家が火事になった時どこにいた?母親とは一緒だったのか?」と言って、ロビンの瞳を覗きこんだ。
「あの時......ぼくは......」
ロビンは、あの日の出来事を思い出していた。イライザの眼に、ロビンの記憶が映し出された。
────
三歳になるロビン少年は父親と庭に出ていた。
母親は家の中にいた。
父親は仕事に行ってくるよと言って、ロビンの母親にキスをして、そして──
「庭に魔女の呪いの印が残っていたのだな......」イライザが呟いた。
ロビンの父親が印の中に立っているのが見えた。イライザの眼の中に、ロビンの父親の存在が、呪いの印を発動させる瞬間が映し出された。イライザは恐怖のあまり、ロビンの目から視線をはずすと、ブルブルと震えた。
そうか......そうだったのか......イライザは目を見開いて呟いた。
その時、ロビンが大きな声でいった。
「イライザ!ぼくはあの時庭にいて〝ニケ〟と一緒だったよ」ロビンは今思い出したという顔でイライザを見つめた。
「ロビン......そうかニケはその時一緒にいたのか......」
イライザの顔は、驚きを隠しきれなかった。
イライザはロビンの顔を、両手ではさむと、ロビンの瞳の奥深くを覗きこんだ。ロビンの父親の足元の印が、光を放ちながら、父親の姿を包みこんでいくのが見えた。ロビンの母親が恐怖で泣き叫ぶ中、家はめらめらと炎をあげながら、狂った様に燃えつきていった。
イライザはロビンの頬から両手を離した。
「ロビン......ニケがお前と母親を、炎から救い出すところが見えた......。......だがお前の父親は父親だけは......どうすることもできなかった......炎は......お前の父親の......足元から燃え上っていたからだ............」
イライザは地面にうつ伏すと、さめざめと涙を流した。ロビンは、おろおろしながら、イライザの肩に両手を置いた。
「イライザ......イライザ......泣かないで......」
そこへ雑草を踏みしめる様にしてニケが姿を現した。
「ニケ!ニケ!」
「相変わらず、騒がしいな」
「ニケ......どこに行ってたの。イライザが......イライザが大変なんだ」
ロビンは上ずった声でいった。
「ふん、知っとるわ。ずっと見ておったからな」ニケは素っ気なくいった。
ニケの声に、イライザが顔を上げた。
「ニケ......お前という奴は......」
イライザは半分、怒りに満ちた声でいった。
「久しぶりに会ったというのに......お前という奴は、ないだろうイライザ」
イライザは(またもや素っ気ない態度の)ニケから視線をはずすと「それは......悪かった。私は、お前にずっと会いたいと思っていたぞ」と言いながら、ニケの様子をうかがった。
「ふん。どうだか......」
ニケはすねた子供の様に、ソッポを向いた。
「本当だニケ。私はずっとずっとお前に会いたいと思っていた。それは本当だ......。お前に会いたくてたまらなかった......」
イライザの目に涙が溢れだした。
「ならどうして、私に会いにこなかった」
「それは......」イライザは口ごもった。
「ふん。答えられんだろう......アンジェリカに(悪い魔女に)たぶらかされおって」
「ニケ!お前はあの時、魔女の言葉(呪いの呪文)を聞いていたのか?」
イライザは恐る恐るきいた。
「ふん。聞いていたと言ったら、どうする?」
「ニケ......お前......」
イライザの目から流れ出す涙を見た、ロビンはポケットの中からハンカチを取り出して「イライザ......これを使って」と手渡した。
「ロビン......」
イライザは、ロビンから手渡されたハンカチで涙を拭いた。
「イライザ......千年の呪いなどという、くだらない呪文に縛りつけられおって......お前は千年の間、一体何をしていた?」
「ニケ......私は......私は............」
ニケのあまりの言葉に、ロビンが話に割って入った。
「ニケ!ひどいよニケ......イライザをいじめないで」ロビンは今にも泣きだしそうだった。
「ロビン、いいのだ。悪いのは私なのだから」
イライザが言い終わらないうちに、ニケは突然イライザの肩に飛び乗った。
「ニケ!」
イライザはおぼろいた声で「ニケ!」と何度も呼ぶと、ニケを肩から下ろして両腕にひしと抱きしめた。
「イライザ......お前も私も死んでしまうぞ」
「そうだなニケ。それでもいいと言ったら......お前は私のことを恨むか?」
ニケは自慢のヒゲをピクリと動かした。
「......そうだな。悪いのはアンジェリカ(魔女)であって、お前ではないからな。それに猫は、誰も恨んだりはしない」
「ニケ!ニケありがとう。私は今でもお前のことが大好きだ。ニケ......」
「ふん。そんなこと......とうの昔から知っておったわ」イライザの腕の中で、ニケは自慢のヒゲをピンと張りながら、ロビンを横目で見た。
「ニケ......よかったねニケ。イライザに会えて本当によかったね」
ロビンは嬉しくて泣いていた。
イライザは、ロビンの姿を見つめながらその瞳の色を......その髪の色を......その眼差しを......どこかで見たことに気づいた。
「ニケ......ロビンの父親は────」
イライザの言葉の続きを、ニケが言った。
「そうだ......イライザ。ロビンの父親は......お前の血縁だ」




