第十六話
「執事を誂うのも、大概にしてください」
ラオヴァルトの口から最初に出たのは、苦笑を孕んだその言葉だった。
「姫様に好意を抱いていけるのは、執事としては光栄なことです。ですが、迫真の演技をしてまで云うことではないでしょう」
「……わたし、演技なんかで言ったんじゃないわ」
「解ってますよ。最近俺を避けてばかりいたから、それが申し訳なくなったんでしょう? だから、単にその償いにと――」
「そんなんじゃないわっ!」
ラオヴァルトの声を遮り、エティシラは叫ぶように言った。
握った拳が微かに震え、勝手に涙までが溢れ出す。
「わたし、……わたしは――」
「――俺のことが、好きですか?」
次にエティシラの言葉を遮ったのは、ラオヴァルトの方だった。
驚くほど静かな声色でささやき、エティシラをまっすぐに見つめる。その表情からは笑みが消えており、青藍色の瞳は一切の揺らぎを見せていない。
「……」
エティシラは涙を流したまま、小さく頷いた。
どういう類の“好き”かは、きっと敏感な彼ならば言わずともわかっているだろう。
「……嘘つきになってしまいました」
独り言のように小さく呟き、ラオヴァルトはエティシラの頬に手をかけた。
それに伴い、美しい瞳との距離もぐっと狭まる。
「……あなたには、何があっても手を出さないと決めていたのに」
嵐の夜だった、とエティシラは想起する。
恐怖で泣いてしまった自分を抱きしめてくれた彼は、これ以上手を出さないと言った。
――あなたの執事として、これ以上は絶対に手を出さないと。
けれどその誓いは、この口づけによって破られてしまったのだ。
睫毛を伏せて、ラオヴァルトは優しくエティシラに口づけた。
柔らかな風がそっと吹き抜けたような、ほんの一瞬のこと。
「……っ」
エティシラの心臓は大きく跳ね上がる。
同時に、なにかが音を立てて崩れ落ちたような感覚を知った。
「あなたのことを愛しています。エティシラ様」
ラオヴァルトは、エティシラの頬に手か翔けたまま言葉を紡ぐ。
「それはあなたが姫だからとか、主人だからとか、ではなくて」
どうしてこうも、世界が一瞬にして色を変えたような不思議な気持ちになるのだろう。
「ただ一人の男として、ただ一人の女であるあなたに惹かれました」
不規則な鼓動は痛みさえ伴っているのに、なぜかそれは心地良い。
ただ胸の鼓動がうるさくて、何の言葉を放てばいいのかの判断もできない。
――それでも、エティシラは分かっていた。
踏み入れてはいけない世界に、踏み入れてしまったのだと。




