第10章 見たものを信じてはいけない世界
裁判は三か月続いた。
ミレーユが使っていた映像転写器は、自室の隠し箱から発見された。
裏商人も逮捕され、映写石を礼拝堂へ運んだことを証言した。
焼却されたと思われていた資料の一部も見つかった。
さらに、ミレーユが生成した画像の試作品が何十枚も発見された。
六本指のエレノア。
左右の違う紋章。
背景の崩れた庭園。
完成品へ至るまでの失敗作だった。
もはや、否定する余地はなかった。
判決の日。
ミレーユは王宮裁判所の被告席に座っていた。
かつては美しく整えていた金茶色の髪も、今は簡素に束ねられている。
男爵令嬢としての宝石もない。
灰色の囚人服だけだった。
「被告、ミレーユ・ヴァルデン」
裁判長が判決文を読み上げる。
「複数回にわたり虚偽の画像および映像を作成し、それを真正な記録と偽って流布した」
静かに聞く。
「その結果、エレノア・グランフェルト公爵令嬢へ嫌疑を生じさせ、王太子との婚約を破綻させ、さらには国家反逆の罪を捏造した」
傍聴席に父がいた。
ヴァルデン男爵は、一度もこちらを見なかった。
父は事件への関与を認められなかった。
領地も爵位も守られた。
それだけは、ミレーユにとってわずかな救いだった。
「死刑を求める声もあった」
裁判長が続ける。
「しかし被告自身が直接人命を奪った事実はなく、また本件が前例の存在しない恩寵によって行われた犯罪であることを考慮する」
ミレーユは顔を上げた。
「被告を終身禁錮とする。恩寵については王立神殿の管理下で恒久封印する」
終身。
二十歳にもなっていない自分が、死ぬまで外へ出られない。
想像していた王妃の未来とは正反対だった。
「何か申し述べることはあるか」
ミレーユはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「ございません」
何を言っても、もう画像は作れない。
自分の望む未来を描くこともできない。
それなら、言葉にする意味もないように思えた。
同じ頃。
王城では新しい法律について議論が行われていた。
「映像記録を証拠として認めない、ということですか」
若い官僚が尋ねる。
エレノアは首を横に振った。
事件後、国家記録制度改革委員会の委員に任命された彼女は、机の上に何枚もの資料を広げていた。
「違います。映像を信用しないのではありません。映像だけを絶対視しないのです」
「ですが、これまでは写景板や映写石こそ、最も確実な証拠とされてきました」
「それが間違いだった」
エレノアは答える。
「人間の証言と同じです。誰が記録したのか。いつ記録したのか。記録媒体はどこで保管されていたのか。他の証拠と一致するのか。それらを確認する必要があります」
「映像があっても?」
「ええ」
エレノアは窓の外を見る。
王都には冬が訪れようとしていた。
「目で見えることと、真実であることは同じではありません」
官僚はしばらく考え、議事録へ書き込んだ。
その後、王国では《記録証拠法》が制定された。
写景板や映写石だけを根拠として有罪判決を出すことは禁止された。
記録日時。
作成者。
保管経路。
物証。
第三者証言。
複数の情報を照合しなければならない。
他国からは、過剰な制度だと笑われた。
だが数年後、別の恩寵による記録改竄事件が発生したとき、この制度によって冤罪が防がれた。
それから少しずつ、同様の制度は周辺諸国へ広がっていった。
一方、アドリアンとエレノアの婚約は復活しなかった。
事件が終わった後、アドリアンはグランフェルト公爵邸を訪れた。
「婚約を元に戻したい」
庭園で、アドリアンはそう告げた。
エレノアはしばらく彼を見つめていた。
「殿下を恨んではおりません」
「なら」
「ですが、以前と同じには戻れません」
アドリアンの表情が曇る。
「僕が映像を信じたからか」
「それだけではありません」
エレノアは首を振った。
「私も、自分自身を疑いました」
「君が?」
「ええ。映像の中に私がいた。私の声で話していた。何度も見ているうちに、自分の記憶の方が間違っているのではないかと思うようになった」
アドリアンは何も言えない。
「ですから、殿下だけを責めるつもりはございません」
「では、なぜ」
「私たちは一度、婚約者ではなくなりました」
エレノアは穏やかに言った。
「それを、なかったことにしたくありません」
少しだけ微笑む。
「もし今後も殿下と共に歩くのであれば、昔の約束を復活させるのではなく、もう一度最初から考えたいのです」
アドリアンは長く沈黙した後、頭を下げた。
「分かった」
それは王太子ではなく、一人の青年の返事だった。
さらに十年が過ぎた。
王都北部の修道院。
分厚い鉄格子の向こうで、二十五歳になったミレーユは一冊の本を読んでいた。
外へ出ることはできない。
恩寵も封じられている。
ただ、書物だけは許されていた。
ある日、老修道女が新聞を持ってきた。
「あなたの事件について書かれているわ」
「またですか」
ミレーユは興味なさそうに受け取った。
紙面には、記録証拠法制定十周年の記事が載っている。
――王国司法制度を変えた事件。
そこには、自分の名前もあった。
《ミレーユ・ヴァルデン事件以降、本国では画像・映像を単独で絶対的証拠とする慣習が廃止された》
彼女は記事を読み終えると、窓の外を見た。
小さな中庭。
冬枯れの木。
石壁。
王妃にはなれなかった。
王太子も手に入らなかった。
貴族としての人生も失った。
それでも自分の名は、おそらく歴史書に残る。
王妃より長く。
「皮肉ね」
ミレーユは呟いた。
老修道女が首を傾げる。
「何がです?」
「私は、存在しないものを本物に見せる力を持っていた」
新聞を折り畳む。
「そのせいで、この国は本物まで疑うようになった」
「悪いことですか」
ミレーユはすぐには答えなかった。
かつての自分なら、悪いと答えただろう。
人に疑われることは苦しい。
エレノアもそうだったはずだ。
だが疑わなかったからこそ、自分はあれほど簡単に人々を騙せた。
「分かりません」
やがて答えた。
「ただ……」
視線を落とす。
新聞の隅には、記録証拠法の基本原則が小さく掲載されていた。
――見たという事実と、それが真実であるということを混同してはならない。
ミレーユは、その文章を長く見つめた。
最初に作った画像を思い出す。
王宮の大広間。
白いドレス。
王族の宝冠。
王太子の隣で微笑む自分。
あの一枚から、すべてが始まった。
自分は、存在しない未来を作った。
そしていつしか、その画像を真実にしようとした。
もしあのとき、それがただの絵だと分かっていれば。
もし自分自身まで、自分が作った未来を信じなければ。
違う人生があったのだろうか。
答えは出ない。
もう、どれだけ望んでも生成することさえできない。
ミレーユは新聞を閉じた。
窓の外では、今年最初の雪が降り始めていた。
白い雪は石壁も、枯れ木も、中庭の古い井戸も同じように覆っていく。
遠くから見れば、すべてが美しく見える。
けれど、その下に何があるかまでは分からない。
ミレーユはしばらく雪を眺めたあと、静かに目を閉じた。
かつて誰よりも「見えるもの」を操った令嬢の事件は、その後も長く語り継がれた。
そして王国では、子供でさえ教えられる言葉になった。
――目に映ったものを信じるな、ではない。
――目に映ったものだけを、真実だと思うな。
それが、偽りの一枚から始まった、新しい時代の教訓だった。




