心濃い目、混沌マシマシ3
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私こと、メフティア・フレネス・アブ・トゥロウサンは、せり上がってくるゲップを気合で押し込めた。ちょっと食べ過ぎたかもしれない。
王女としてはちょっとアレだが、今日は王家の私的な宴会である。
滅茶苦茶な理由だが、私的な宴会であるので大概の無作法は許されるし、そしてその程度の事は些事として流されるぐらいの茶番を今から我ら王家は行おうとしている。
「おぉ、そこにおられるは伝説の黒竜殿ではないか!」
お父様、ヴァナティクト王が大仰な口調と所作で驚き声を上げる。
竜の巨体が見えなかったわけないだろ、とかツッコんではいけない。
「このような場所で偶さかお会いできるとは! なんと幸運な事か!」
眩暈を起こしそうな馬鹿な話だが、この宴会にたまたまジイ様が参加したので、同じくたまたま参加を決めた国王様が偶然にも出会った。
これが今回の建付けだ。
穴だらけとか言ってはいけない。これで守られる貴族のメンツがあるなら王家は必ずそうする。
トゥロウサン王国は巨大な国家だ、その巨体を支えているのは各地の貴族であり官僚機構だ。
実権として王家は巨大な権力を有しているが、王家がいまだに王家として存続している理由は、他に誰もなりたがる人間がいないから、というのが実態に近いだろう。
もしくは――、人類最大の武力、勇者が王家に忠誠を誓っているからだろう。
「真面目な顔をしてこれできるって凄いよな」
ショウ君じゃなかったら皮肉だと私は思っただろう。
なぜかジイ様の隣でショウ君と並んで、自分の父上を迎える形になってしまっている意味不明さ。
それに比べたらショウ君の本音のなんと明瞭な事か。
「メンツで殺し合うのが貴族ですからね。私が王女であるのにジイ様の隣に立って国王である父を迎えるような形になっているのも。これが前提として〝偶然〟だからという事です」
偶然凄い、全てのものが偶然だから仕方ないねで片付けられる。
つまり、私が乗る馬車に偶々《たまたま》馬の手綱に不具合があったのも偶然だし、ヴェスポリ伯爵家の長男が二階のバルコニーから柔らかい芝生の上に落ちて死んだのも偶然だ。
世の中は《《よくできている》》。
私の目の前では、というか隣で、ジイ様がお父様と親し気に会話を交わしているのも、そういったよくできた世の中のおかげだ。
巨大な竜が首を下げ目線を我々の位置に合わせようとしてくれる所作はちょっと可愛い。
話題に関しては事前にジイ様にお伝えしているので、初代国王様のヤバそうな話題は出ていない。
個人的にはじっくり聞いてみたくはあるのだけど、流石に衆目の中で話す内容としては適していない。
お父様に続いてヴァンセル兄様、ヴァリア兄様と続き、〝偶然にも〟宴会に参加が叶った貴族たちが次は自分達の番だとソワソワしている。
この辺の順番に関してはヴァリア兄様が調整なさっていたので、自分に関係ない。
自分には関係ない、なんと素晴らしい言葉だろうか?
私に口をきいて貰えれば順番をどうにか先にできないかと、考えていた馬鹿どもに言いたい。そんな事できるわけがないだろうと。
私とお父様、そしてヴァンセル兄様とヴァリア兄様がジイ様の身内ポジションで次々に現れる貴族連中を相手する。
それに付き合わされるショウ君の顔が秒単位で不機嫌になっていく。
「ショウ君?」
私は流れ作業のように、できるだけ長く居座ろうとする貴族たちを捌いていくお父様達を凄いなぁと思いながらショウ君に声をかける。
短い付き合いだが、ショウ君が結構限界だと分かったからだ。
傍から見ると真面目な顔にしか見えないのが質悪いと思う。
「爆発したい」
「やめてください」
真面目な顔でとんでもねぇこと言うなこの妖怪勇者。
「いや無理だろコレ。なんだコレ。黒死蝶の群れを相手している時の気分になってきたぞ。王様凄いな、すまんメフティア謝る、王族凄い」
「王家への忠誠新たにして頂いて感謝します」
ちなみに黒死蝶とは一匹で中程度の街を壊滅させられる魔物だ。
「単純な興味で聞くのですが、その時はどうしました?」
「一匹でも逃したら面倒だから、視界にうつる範囲の空を全部焼き払ったよ。凄いスッとしたわ」
よし、どうにかしよう。
私は即断した。無能でも躊躇しちゃ駄目な瞬間ぐらいは分かる。
とりあえずこの場からショウ君を連れて離れよう。
とかく急いで離れる許可を貰わねばならない。
貴族が怯えると面倒だからショウ君をジイ様の隣に置いておいてくれ、ヴァリア兄様にそう頼まれていたが、ショウ君がここで空を焼き尽くすよりかはマシだろう。
私がお父様に声をかけようとした時だった。
お父様に騎士の一人が駆けより、そしてそれに少し遅れてヴァンセル兄様とヴァリア兄様の部下も各々が何事かを自分の主人に伝えている。
私? そんな部下はいません。
三人が互いの顔を見合わせている。全員が貴族に感情を読まれないよう王族顔をしているが、これは割と大変な事があった時の顔だ。
「あの、何かありましたでしょうか?」
本来なら恥を忍んで訊くべきなのだが、今日は宴会、無礼講である。
想像としてはどこかの派閥の跳ね返りがこの機に乗じて誰かの暗殺を目論んでいる、とかだろうか?
勝手に暗殺とか計画するの本当にやめて欲しいなって思う。
私の派閥に関して言えば、そもそも暗殺を成せるだけの力を持っているのが、ヴェスポリ伯爵夫人ぐらいなので、そことの連携をしっかり取っておけば早々起きる事態ではないのだけど。
兄様がたの大きさになると、各々勝手にやりだす連中がいるのが面倒だ。
そして我ら王家はそれを飲んで生きている。
トゥロウサン王国という巨体、その手足から家族の命を狙われるのは私達にとって当然の事なのだ。
弱小すぎて、〝いつでもお前なんて暗殺できるんだぞ〟という脅しのような暗殺未遂が繰り返されていた過去が懐かしい。
ヴァリア兄様が自然な仕草で私に顔を寄せてきた。
「王宮の牢に捕らえていたラドラリーが逃亡しました」
何か素晴らしい冗談を聞かされ微笑んでいる、私は他人からそう見えるような顔を作り、口元を隠しながら言う。
「私この件に関してはヴァンセル兄様を殴っても許されると思うんです」
勇者はヴァンセル兄様にこそ相応しい、とかそんな感じの理由で命を狙われた私としては強く抗議したい。
勝手にショウ君が私の味方宣言しているのだ、それで恨まれても困る。
ヴァンセル兄様が〝お前その返し最高!〟みたいな所作をしながらヴァリア兄様の肩をバンバンと叩く。
「一発殴らせてやろう。しかし俺の調べでは奴は完全な単独犯だった。当たり前だがあのような暗殺とも呼べぬ物に付き合う馬鹿はいない。宴会の警備で手薄になったのは確かだが外部からの協力者なしでは脱獄なぞ出来ぬはずだぞ」
お父様が国王ではなく、一人の父親としての顔、のようなものを浮かべ頷く。
「王宮は私の責任の範疇。メフティアに殴られるのであれば私も一発殴られよう」
お父様が自然な所作で手のひらに隠した、報告書を確かめる。
「例の奇妙な魔法……こちらの尋問を拒んでいたラドラリーの全身を包んでいた結晶ごと消えたそうだ」
その言葉に三人からの視線が私に集中する。
一瞬だけ、なんで見られてるんだろう? という疑問を抱いてからすぐに理由に思い至った。転移魔法だ。
「いや私じゃないですよ?」
ビックリしすぎて素の表情が出かけた。
「第一ショウ君が逃がす理由がないでしょ」
「逃がす理由がないからではないのか?」
ヴァンセル兄様が良く分からない事を言う。
「己の主君を狙った暗殺犯を自分の手で始末しようと考えたのでは?」
そんな馬鹿な。
ラドラリー先生はぶっちゃけ死刑確定だ。どのような奇跡があろうとそれは覆らないだろう。それをわざわざ牢屋から逃して殺すというのは不合理だ。
それに――。
「ショウ君はそんな理由では人を殺しません」
勇者なのだから、そう思う以上にショウ君が人を殺す事が信じられない。
ああいう人は、笑いながら人を救って回る人生のはずなのだ。そして救われた人の笑顔に囲まれて過ごすのだ。そうでなければおかしい。世の中が間違っている。
「妹よ、そのような顔でそんな子供っぽい事を言ってもだな」
なんだ文句あるのか? 私は怒ったチワワ顔をしながらヴァンセル兄様を睨み返す。
なんというか、癪だ、癪なのだ。
ここで退く選択肢がある自分が、真っ当な王侯貴族として諭されようとする自分が。
子犬に吠えられ戸惑うヴァンセル兄様が、再び口を開こうとしたところに話題の本人から声が掛けられる。
しまった、みんなラドラリー先生脱獄の報せにショウ君を忘れていた。
「なんかぁ、俺の事を呼んだかぁ?」
んん!? 私達はその声にギョッとした。
ショウ君の呂律が回っていない。顔を確認すれば頬は赤く、視線もフラフラしている。
おい! どこの誰だ! 十八歳未満に酒を飲ませた奴は!?
我が国では以前、王族の一人が慣れないお酒で大失敗してからは十八歳未満の飲酒は禁止されている。
「おぉーなんかなぁ、ポワポワするなぁ。メフティアもあの辺にあった緑のぉやつぅ、飲んでみたらどうだぁ、美味しいぞぉ」
「おお! 初代勇者殿もあらゆる毒に耐性を持ちながらも酒には弱かったと聞く! これが伝説の血筋か!」
ヴァンセル兄様が感激の声を上げている。そう言えばこの人は初代勇者様ファンだったな。
「感心している場合ですかヴァンセル兄様! 誰か水を――」
貴族がジイ様と挨拶を交わす為に列を作り、人でごった返しているために給仕が近くにいない。
私は首を振って給仕の姿を探し、ショウ君がポヤァっとした顔で上空を指さしている事に気が付いた。
つられて視線が上空に向かう。
何だろう? 凄く嫌な予感だがする。
ショウ君がウェヘと笑う。
「魔族の気配がするぅなぁ」
空気が裂ける音がした。




