五話
雨の匂いが、忘れたはずの気持ちを呼び戻す。
久しぶりに帰った島で、僕はあの頃と変わらない彼女と向き合うことになった。
言えなかった理由も、隠してきた弱さも、雨音の下ではもう誤魔化せない。
「どうして急に、いなくなったの?」
消え入るような声だった。
肌を、背中を、ピリピリとした感覚が走る。
「東京行くなんて、聞かされてなかった。……ねぇ、どうして?」
「それは―――」
「あの日、新太がいなくなった時さ。」
空気が淀んだ。
「頭の中ぐちゃぐちゃだったんだよ?」
シワがつきそうなくらい、服を握りしめる凛花。
純白のワンピースに、泥が滲んだ。
「腹だって立った、めっちゃ悩んだ、でもそれ以上にさ―――」
頬を水滴が伝った。
「わたしに伝えてくれなかったことが、一番悲しかった。」
呼吸ができない。
針みたいに酸素が刺さり、肺に無数の穴を開けていく。
「……」
「そうだよね。新太から見て、私はただの幼馴染。
どうでもいい存在なんだもんね……。」
「っ?!ちが―――」
「じゃあなんで、一度も連絡くれないの!!」
ダンっと、ベンチがグラついた。
「都会の生活が楽しいから、私の事なんて忘れちゃった?
邪魔な幼馴染と離れて清々してた?ねぇ、ねぇ、ねぇ―――」
水たまりが嵩を増してゆく。
「私が嫌いになったんなら、素直にそう言えばいいじゃん!!」
凛花の声が辺り一面に響いた。
「…… ” ひとりにしない” って、あれは嘘だったの?」
うるさいくらいの雨音が消え、彼女のしゃくり声だけが残る。
知らなかった。
いつの間にか彼女を、こんなに苦しめていたなんて。
「はぁ、はぁ……。」
凛花は息を切らしている。
瞳は湿り、鮮やかな群青色がゆらりと揺蕩う。
初めて見せるその姿に、止まっていた心は突き動かされた。
「んっ。」
目尻にそっと、人差し指を押し当てる。
目を細め、されるがままの彼女。
「それは違うんだ、凛花。」
零れた雫を拭い、優しく語り掛けた。
「君を嫌いになるなんて、僕にはありえない。」
「えっ?」
その場で固まる彼女。
瞬きすら忘れていて、だけど視界は僕を捉えていた。
「今まで黙っていてすまなかった。ぼくは……。」
言いたいこと、伝えなきゃいけないことは、すぐそこまで出かかっている。
後は勇気を振り絞るだけ。
「僕は―――」
拳を握る力が強くなる。
体中の全細胞が、この一言に全エネルギーを使い切った。
「ただ君の、凛花の一番になりたかったんだ。」
言い切った。
乾いた喉を、湿った空気が流れていく。
「……意味、わかんないんだけど?」
言葉は止まらない。
東京いってから、どこにも馴染めなかったこと。
誇れる誰かになりたくて必死だったこと。
気づいた時にはボロボロで、結局こっちに戻ってきたってこと。
全部全部情けない僕のことだ、包み隠さず彼女に話そう。
《もう、逃げはしない。》
雷雨が激しさを増す。
僕らの背景が、雨の中に沈んでいった。
書き直してみました。




