三話
三話目では、新太と凛花の距離が、ほんの少しだけ揺れます。
懐かしい駄菓子屋でのやり取りは、ただの思い出のはずなのに、
どこか“今までと違う”空気が流れ始める。
空っぽだと思い込んでいる新太と、
まっすぐに気持ちをぶつけてくる凛花。
二人のすれ違いが、夏の光の中で静かに動き出す回です。
全身を包む生ぬるい空気、擦れ合う草木の音。
日差しがじりじりと突き刺さり、肌の芯まで焦がしていく。
「懐かしい。ここの駄菓子屋、まだあったんだ。」
古びた建物の前で、僕らは足を止めていた。
「そうだよ~。学校帰りに二人でよく行ったよね。」
“金平堂” と書かれた看板に赤白の日よけ。
数年来の景色に、暖かい気持ちがこみ上げてきた。
「あぁ。特に夏場のラムネは最高で、よく買って飲んでた。」
「新太、好きだったもんね。そんなに美味しかったの?」
「暑い日の冷えた炭酸が、ってのもあるが一番は……。」
《 “隣に凛花がいたから” とは言えないよな。》
「ん?」
不思議そうに見つめる彼女。
「……なんでもない。」
「えぇ~?言いかけてやめるなし~。」
「個人的なアレだ、気にしないでくれ。」
顔に少し熱が籠る。
《今の顔、絶対凛花には見せられないな。》
「それより、せっかく来たんだし―――さ!!」
「?!」
小麦色の腕が、躊躇いなく僕の腕に絡みついた。
咄嗟のことで、脳が追い付かない。
「なんか買ってこーよ。私アイスにするっ!」
「ちょ、まっt―――。」
「ほらほら、行くよっ。」
手を引かれるがまま、駄菓子屋の中へ。
「おばあちゃ~ん、アイスとラムネ一つずつで!」
蒸し暑さも吹き飛ばす、純度100%の無邪気な笑顔。
寂れた店内に、ハツラツとした声が聞こえてくるのだった。
***
「それじゃあ新太、準備はいい?」
「いつでもどうぞ。」
お互いに目線で合図を送り合う。
そうして見計らったかのように、二人で言った。
「「いただきまーす。」」
―――シュポッ
―――ザクッ
ビー玉が落ちる音と、アイスを齧る音が同時に鳴った。
シュワシュワと噴き出る炭酸を、慌てて口の中へ流し込む。
「うん、旨い。」
「アイスおいひ~。夏はやっぱりアイスじゃないと。」
口いっぱいに頬張って、彼女は言った。
「それチョコミント? 」
「チョコミントだよ。最近のマイブーム。」
「ふ~ん。」
緑と水色の中間みたいな色に、茶色の斑点がチラついている。
「新太も食べる?」
「いや大丈夫。言っちゃなんだが、歯磨き粉みたいな味しないか?」
「……は?」
空気がピリついた。
彼女の背後から、ゴゴゴと聞こえてきそうだ。
「す、すまん。怒らせるつもりは―――」
目の前にアイスが突きつけられた。
「はい?」
「食べてみて。」
とんでもないことを言い出した凛花。
「いや、でも……。」
「食べなさい。」
「……はい。」
拒否権はなかった。
口を開けて、パクリといただく。
「どう?美味しい?」
上目遣いで聞いてくる。
「……おいしい。」
「でしょ~!チョコミントは最強なのよ。」
そう言うと彼女は、嬉しそうに胸を張った。
ふふ~んとドヤ顔をする姿は、無邪気さがあって可愛らしい。
「そんじゃ、残りは私が―――」
「っ!」
僕からアイスを取り上げて、そのまま大きく頬張った。
「あっ……。」
「ん?どうかした?」
「……特には。」
跡形も無くなった氷菓。
残った棒が右手に握られている。
「にしても、新太がジタバタするから疲れちゃった。
チョコミントそんなに嫌いだった?」
「別にそういうわけじゃ……。」
視線を逸らす。
「怪しいなぁ、ほらほら言ってみなよ~。」
いたずらに凛花が続ける。
「……分かったよ。」
両手を挙げて観念した。
凛花は目を輝かせて、こちらが話すのを待っている。
「さっきは、えっと、……間接キスでもするのかと焦っただけだ。」
「へっ?」
彼女の顔が次第に真っ赤になる。
「ち、ちがくてっ。別に狙ってやったとかそういうのじゃ―――」
「まぁなんだ……こっちが変に意識しただけだから。」
耳がピクリと反応する。
「お互い無かった事にしよう。凛花だって、相手が僕じゃ嫌だろ?」
顔を上げる凛花。
「……なにそれ、ムカつく。」
眉間にしわが寄っている。
覚悟を決めた表情だ。
「貸してっ!」
「あっ―――」
僕からラムネを奪い取って、そのまま一気に飲み干した。
「くぅ~~~っ!」
ゴンっと机に置いた。
「すごい勢いで飲んでたけど、だいじ―――?!」
ギロッとこちらを睨む。
「新太は気にしないかもだけど、私は違うからっ。」
必死な顔で言い切った。
「それって―――」
ふと、彼女の手に視線を落とす。
その手には、とある三文字が書かれた棒が握られていた。
「……当たりだ。」
「あたり?」
つられて、自身の手元を見る。
「ほんとうだっ!おばあちゃ~ん!!」
「は~い。」
店の奥から、パタパタと音がした。
少しして、白髪の温和そうなお婆さんが出てくる。
「アイス、当たり出た!!」
「おぉ~、それは良かったねぇ。したら、ちょっとお待ちよ。」
ガサゴソと、冷蔵コーナーを漁って、
「はいよ、もう一本。」
「ありがとうございます!見て見て新太っ!!」
受け取ってから、凛花は嬉しそうに見せてくる。
「ど~お、すごいでしょ!」
無邪気に笑う。
ただその向こうで、若干の不満の色が映っていた。
「あぁ。すごいな、凛花は。」
「まぁね~、私はいつだってツイてるからっ。」
《……まったく、その通りだよ。》
はしゃぐ彼女を見て思う。
「相変わらず、二人は仲良しさんなのね。」
「そう、ですかね?」
「えぇ~そうよ。」
お婆さんの瞳が、優しく揺れた。
「二人とも、よくお似合いだわ。」
―――胸が詰まった。
「お似合いだなんてそんな。私は別に―――」
「そうですよ。僕じゃ、釣り合わないですよ。」
ラムネ瓶を手に取り、立ち上がる。
「凛花、少し外の空気を吸ってくる。」
「わかった、けど?」
―――ガコッ
空の瓶ケースに、ラムネ瓶を仕舞い込んだ。
「ごちそうさまでした。」
ガラガラと、引き戸を開け放つ。
蒸し暑い空気が流れ込んできた。
「また来ます。」
出る直前、入り口付近のゴミ箱が目に入る。
中には何も書かれていない、アイスの棒が一本。
空っぽな僕を見つめていた。
書き直してみました




