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ハゲデブチビを救う、たった一つの冴えたやり方

「ウウッ……俺はもう駄目だ……」


 小太りの男が、真っ昼間から公園のベンチに座り、ハゲ散らかした頭を抱えていた。

 男の名は権田原達蔵(ごんだはらたつぞう)。年齢四十三歳の無職である。


 先日仕事をクビになったものの、かといって次に働く気も起こらず、家に居ると気が滅入るのでこうして外で時間を潰している所だった。


「お困りのようですね。達蔵さん」

「な、なんだあんた!?」


 突然、頭の上から名前を呼ばれたので、達蔵は慌てて顔を上げた。

 すると、彼の目の前に、顔よりもでかい乳があった。

 さらに上を見上げると、銀髪の美しい女性が彼を見下ろしていた。

 ゆったりとした白いローブに身を包んだその姿は、アニメのファンタジーに出てくる聖職者を思わせた。


「私は乳の神ボインプルン」

「ボインプルン!?」


 いきなり電波的な自己紹介をするこの女に、達蔵は困惑した。


 達蔵はハゲ・デブ・チビという三重苦を背負っている上に、コミュ障といういらないおまけまで付いているせいか、女性と交際はおろか、喋った事すらほとんどない。


 そんな達蔵にとって、この変な女は警戒心を剥き出しにするに値する存在である。

 そもそも、なぜこの女は自分の名前を知っているのだろう。

 達蔵の考えなどまるで気にせず、ボインプルンと名乗る女は彼の横に腰掛けた。


「さて、私は乳の神。乳とは豊かさと安らぎの象徴。つまり、私はあなたのような哀れな存在を救うための最高の女神なのです」

「宗教勧誘ならお断りだよ」


 ボインプルンというのは、もしかしたらコードネームみたいなものかもしれない。

 特に、達蔵のような見るからに救われて無さそうな奴ほど、この手の類の勧誘が多い。

 達蔵はこういった経験を何度かしていたので、ボインプルンに対する警戒心をさらに引き上げた。


「いえ、私はそんな低俗な類の存在ではありません。なぜなら、私自身が神なので」

「もう帰っていい?」


 宗教勧誘か、あるいは頭のおかしい女にしか見えない。

 いくら見てくれが巨乳美人でも、達蔵からしてみると煽られているようにしか感じなかった。


「いいえ、私はあなたを救いに来たのです。達蔵さん。あなたは確かにハゲでデブでチビで、おまけに無職でブサイクで、さらに実家も貧乏で頭も悪い、まさに底辺に存在すべき人間です」

「うるせー!」


 達蔵はキレた。そりゃあ達蔵自身も理解しているが、自分で思っているのと他人に言われるのではムカつき度が違う。しかもこの女、さりげなく自分の思っているよりも罵倒語を増やしている。


「事実なので仕方ありません。あなた、このままでは一生ろくでもない人生を送ることになりますよ? というわけで、私はあなたを救おうと思うのです」

「救うって一体どうするんだよ。俺はあんたの言うとおり、ハゲデブチビのろくでなしなんだぞ! こんな俺をどうしろっていうんだ! 別の人生でも歩ませてくれるってのかよ!」


 達蔵は叫んだ。別に好きでこんな自分に生まれた訳ではない。それこそ、異世界転生でもしてリスタートしたいくらいだ。無論、そんなものはファンタジーやメルヘンの世界だが。


「達蔵さん! あなたはハゲデブチビである事を言い訳にしていませんか!」


 達蔵が叫ぶと、ボインプルンが半ギレで怒鳴り返した。達蔵は女性慣れしていないので、こういう理不尽なキレ方をされると逆に委縮してしまうので、押し黙った。


「いいですか? 人生をやりなおすというのは『逃げ』です。私は、あなたをありのまま、苦しみから救う事が出来るのです」

「そんな事が出来るのか?」


 達蔵が尋ねると、ボインプルンは頷いた。ついでに乳が揺れた。


「もちろんです。あなたはハゲデブチビのまま、誰からも必要とされる存在となり、全ての苦しみから解放されるのです。どうです? 素晴らしいでしょう?」

「そりゃあ、そんな事になったら素晴らしいけどさ……」

「そうでしょう。では早速開始しましょう」

「開始するって何を?」


 達蔵が尋ねた瞬間、ボインプルンの乳の谷間から乳白色の煙が吹き出し、達蔵の身体を包み込んだ。ほんのりと甘く、いい香りのその煙に包まれると、達蔵の意識が段々遠のく。


「それでは達蔵さん、ハゲデブチビの本気、見せて下さいね」


 そう言うと、ボインプルンはベンチから地面に転げ落ちた達蔵の姿を見て、微笑を浮かべ虚空へ姿を消した。


「ねー、おじさん。そんな所で寝てると風邪ひくよ?」


 その直後、公園で遊んでいた少年達が、地面に倒れた達蔵に近いてきた。


「し、死んでる!?」


 達蔵はすでに息絶えていた。こうして、権田原達蔵は四十三年の人生に終止符を打った。



 ◆ ◆ ◆



「全軍突撃!」


 全身鎧を着こんだ指揮官が叫ぶ。その号令と共に、騎兵達が一斉に突撃をする。


 皆、歴戦の猛者達だ。その数、優に三百。百戦錬磨のリュミエール騎士団は、ただ一人……いや、一体の敵を倒すためだけに、決死の突撃を開始した。


『目標確認』


 合成音声のような無機質な声が、数百の騎兵の地鳴りと叫び声を涼風のように受け流す。


 声の主は人間では無い。全長二メートルくらいの鉄で出来た球体に、申し訳程度に手足が付いた滑稽な機械だった。


「ニルヴァーナ、(やっこ)さん達、必死になって突っ込んでくるわ。ま、適当にあしらってやれや」


 ニルヴァーナの横には、豪奢な外套を羽織った男が一人だけ立っていた。

 男は片手でリンゴをかじりながら、鬼気迫る勢いで突っ込んでくる殺意の集団を半笑いで眺めている。

 

『了解。敵性存在の処分を開始します』


 男の命令に対し、ニルヴァーナと呼ばれた機械は事務的な返事をした。

 そして、リュミエール騎士団の方を向く。


『滅却砲、発射』


 ニルヴァーナが宣言すると、彼の胸元が開き、死が放たれる。

 巨大レーザー砲の一撃で、命を掛けた特攻騎士団達のほぼ全てが吹き飛ぶ。

 そして、その一撃は、騎士たちの勇気をへし折るのには充分過ぎた。


「ば、化け物だ!」

「か……勝てるわけがない……」


 騎士たちの体がガチャガチャと音を立てる。

 彼らの身を守る硬い鎧が、恐怖に震えて鳴っているのだ。

 蛮族共の斧すらはじくこの鎧も、ニルヴァーナの一撃の前では消し墨すら残らない。


「て、撤退! 全軍撤退!」


 かろうじて攻撃を回避した指揮官が、理性で恐怖を無理矢理ねじ伏せ命令を下す。

 あれはただのゴーレムではない。それを超えた化け物だ。

 史上最強と名高いリュミエール騎士団の、史上最悪の敗走だった。


「いやぁ、まさか俺たちみたいな弱小国家相手に、リュミエール騎士団様が撤退するとはねぇ」


 外套を着た男が肩を竦めながら、ほうほうの体で逃げていく騎兵団を眺めていた。


「魔導隊長様。お疲れ様です」

「俺は何にもしてねぇよ。ニルヴァーナが全部やってくれたんだよ」


 外套を着た男とは別に、数人の男性がやってきた。

 皆、男と似たような外套を羽織っているが、口ぶりからすると男の部下らしい。


「しかし、このゴーレムは一体何なんですかね? 突然我々の国に落下してきましたが、とても我々の世界の技術で作れるとは思えませんが……」

「さあな。ただ、命令は聞くし、こいつのお陰で俺達の国を守れるんだ。こいつが人間だったら、国中の勲章をかき集めても武勲は足りねぇだろうな」


 そう言って、魔導隊長と呼ばれた男が、ニルヴァーナのつるりとした頭に手を置いた。

 ニルヴァーナはゴーレムとしてはかなり小柄だ。外見もそれほど強そうには見えない丸っこいボディだし、申し訳程度に手足が付いているだけ。


 ニルヴァーナは驚異的な破壊力を持った、未知の技術で作られたゴーレムとして猛威をふるっていた。 彼がこの世界に現れて以来、ニルヴァーナ一体でほぼ全ての戦力を撃退している。


 魔導隊長の言うとおり、国中の勲章……いや、国そのものを与えたとしても足りないくらいの功績を積んでいるが、ニルヴァーナはあくまで兵器。


 要するに、ニルヴァーナはハゲデブチビで無職だった。

 ただ、滅亡寸前の国を救うために神が遣わした使徒として、神のように崇められている。


 数日後、国に戻った彼らを皆が祝福し、国を挙げての戦勝パーティーが盛大に行われた。

 とはいえ、ニルヴァーナは暴走する危険もあるし、あくまで道具なので、パーティーには参加せず、他のゴーレムとは別の個室のような格納庫で鎮座していた。 


「無事、救われたようですね」

『熱源感知』


 ニルヴァーナは休止モードから戦闘モードに切り替わる。

 彼の目の前には、銀髪の巨乳女神――ボインプルンが立っていた。


「私を覚えていますか? あなたを救済した女神ボインプルンです」

『ボインプルン……認識』


 ニルヴァーナ……かつて地球で権田原達蔵だった機械は、前世の記憶をそのまま持っている。だが、今の彼には感情が無いので、あくまでそれは過去ログにすぎない。


 その過去ログの中には、ボインプルンも記憶されていたし、達蔵の記憶もある。だが、それはあくまでログの一つであり、今日倒した敵の数や、エネルギーの消耗度などと同じフォルダに格納されている。

 

 達蔵であった記憶は、その程度の価値しか無かった。


「無事、ハゲデブチビのまま、皆から崇めたてまつられる存在になれて何よりですね」

『ボインプルン、敵意を感知せず。休止モードに戻ります』


 ボインプルンが攻撃する意思が無い事を確認するとニルヴァーナは再び待機モードに戻った。そして、ボインプルン以外誰もいない格納庫に沈黙が訪れる。


「無事、煩悩を捨てられたようですね。救いを得られたようで何よりです」


 ボインプルンはにっこりと笑みを浮かべると、そのまま虚空へと消えていった。

 後に残るのは、完全なる沈黙となった空間と、ニルヴァーナただ一体のみ。


『救済確認』


 ニルヴァーナ自身は知らなかったが、ニルヴァーナとは『涅槃(ねはん)』という意味があった。

 これは、喜び、怒り、哀しみ、楽しさなどの全ての感情から解き放たれた状態を現す。

 今のニルヴァーナは全ての感情を無くしたことで、完全なる救いを得ていた。


『……システムエラー発生』


 だが、感情の消えうせたニルヴァーナ。いや、達蔵は考えるのだ。

 これが救済なら、なんという救いのない救済なのだろうと。権田原達蔵の望んでいた救済は、もっと違う何かだったはずだ。


 その『何か』が分からず、ニルヴァーナのシステムが一時的に混乱する。

 だが、ニルヴァーナは完全な機械だ。システムにエラーが発生すると、すぐにリペア機能が発動し正常へと戻る。


『システム、正常確認』


 ニルヴァーナは、ボインプルンの登場で一時的に発生したエラーを修復すると。再び待機モードに戻った。こうしてニルヴァーナは再び眠りについた。次の戦場のその日まで。


 ニルヴァーナは極めて強力かつ精巧な破壊兵器だ。半永久的に稼働するスペックもある。

 いずれこの国も滅びるだろうが、ニルヴァーナは残るだろう。

 そして、ニルヴァーナの力を他国が得て、そこでまた彼は称えられる。

 だが、その国もまた永遠には繁栄しない。それでもニルヴァーナは滅びない。


 この星の機能が完全に停止し、全ての生命体が死滅したとしても、ニルヴァーナは存在し続ける。

 こうして権田原達蔵――いや、ニルヴァーナは、永遠に『救済』され続けるのであった。

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