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絶対的スローライフ!

「異世界転生したい……異世界転生して田舎で美少女とスローライフを送りたい……」


 狭苦しい四畳半の自室で、おっさんは一人呟いた。

 おっさんは思うのだ。なぜ、自分はおっさんなのにスローライフ出来ないのかと。


 そりゃあ、現実のおっさんの大多数は青息吐息で暮らしているのは分かっている。


 しかし、一部のおっさんは異世界転生し、そこで都合よく美少女と出会い、なんやかんやあって権力者になり、豊かな自然と財力、そして美少女と幸せに暮らしているのだ。同じ種族なのに、あまりにも落差がありすぎるのではないだろうか。


「お困りのようですね……哀れなる人の子よ」

「だ、誰だあんた!?」


 突然、背後から声を掛けられ、おっさんは心臓が止まるかと思った。

 声の主は女性だったが、おっさんは一人暮らしであり、同居している女性はいない。


 振り向いたその先には、ゆったりとしたローブに身を包んだ、長い銀髪の美女が立っていた。

 顔立ちは美しいが、それよりも目立つのは顔よりもでかい乳だ。そしてそれよりも問題なのは、不法侵入者である事だ。


「あんた、一体どこから入って来たんだ!? 警察を呼ぶぞ!」

「私は乳の神ボインプルン」

「ボインプルンだと!?」


 質問を無視し、謎の女――ボインプルンと名乗る女性は微笑んだ。どう見てもただの異常者であるが、美しい女性であった事もあり、おっさんは即通報はしなかった。


「何も恐れることはありません。私はあなたのような、恵まれない人を救うために顕現した女神なのです。具体的に言うと、あなたにスローライフを届けにやってまいりました」

「女神って……まさか、あんたは異世界転生させてくれる神様なのか!?」

「場合によってはそういう事もします」

「イヤッホー! ついに俺の所にも異世界転生女神が来たぞ!」


 おっさんは両手でガッツポーズを取った。一生来ないと思っていたが、まさか、自分が異世界転生してスローライフを送れるとは、まさに天の祝福である。


「じゃあ早速、俺を異世界転生させて、田舎で美少女付きのまったりスローライフを送らせて下さい!」

「待つのです。私があなたに与えるのはただのスローライフではありません。『絶対的スローライフ』です」

「絶対的スローライフ?」


 おっさんは首を傾げる。何だか凄そうではあるが、スローライフに絶対的も相対的もクソもあるのだろうか。


「いいですか? 仮に私が今、あなたに五億円渡し、しかも美少女の嫁をセットにして田舎に送るとします。幸せでしょう?」

「そりゃ幸せですよ」

「では、その次に他のおっさんに一兆円渡し、しかも百人のハーレムを渡し、あなたと同じ田舎に送ったとします。あなたはどう思いますか?」

「に……憎い……その男が憎い!」


 自分は五億円と美少女一人なのに、同じおっさんが自分以上の莫大な資産と美少女を抱えていたら、きっとそっちが羨ましくなるだろう。おっさんの回答にボインプルンは頷く。そのついでに乳が揺れる。


「そういう事です。あなたの望んでいるスローライフは、他者がそれ以上の幸せを得ると途端に色あせてしまう脆弱(ぜいじゃく)な物なのです。つまり……あなた自身が変わる事で、絶対的なスローライフを得るのです!」

「あー……自分が変わると世界の見え方が変わるとかいう奴ですか?」


 よく宗教勧誘などである奴だとわかり、おっさんは心底がっかりした。

 言っている事は正論だとは思うが、そんなに簡単に変われるなら、そもそも異世界転生してスローライフを送りたいと思わないし、明日から本気出すなんて言葉が流行るはずもない。


「いいえ。私はそんな美辞麗句(びじれいく)ではなく、現実として具現化します。具体的に言うと、あなたのステータスを改造します」

「か……改造? そんなゲームじゃあるまいし」

「大丈夫です。私は乳の神でありながら、ソシャゲの女神でもあるのでパラメーター操作が出来るのです。ほら、このように」


 そう言ってボインプルンが手を突き出すと、空中に電子スクリーンのような枠が現れた。そこには、まるでゲームのキャラクターのステータス画面のように数字が羅列されていた。


【名前】鈴木しげお

【年齢】39

【職業】無職

【力】4

【体力】2

【速さ】3

【賢さ】2

【年収】0

【交際経験】0


「まあ、この中で使うステータスは【速さ】だけですが」

「じゃあなんで俺の恥部まで晒したの!?」

「細かい事はいいのです。では、早速作業に入ります」


【速さ】3


「これを……」


【速さ】99999999999


「これくらいブーストすればいいでしょう。これで完成です」

「えっ? もう終わ……う、うおおおおおおお!?」


 ――突如、おっさんの目に映る世界が止まった。


 窓の外で揺れる街路樹の枝も、外を歩く人間も、宙を舞う木の葉も、全てが止まって見えた。

 大気中に散るほこりの一粒一粒ですら、はっきりと肉眼で捉えられる。その中で唯一、普通に動いているのはボインプルンのみだ。


「あなたのスピードを超高速にしました。その証拠に、周りの全てがゆっくりと見えるでしょう? これぞ真の……」

「スローライフ!」


 おっさんが相槌を打つ。なんか違う気がするが、確かに、自分だけゆっくりと過ごすという意味ではスローライフと言えなくない気もする。


 しかし、そんな感覚も一瞬のことだった。なんと、突如として目の前の風景が変わったのだ。


 今まで住んでいた古ぼけたアパートでは無く、見渡す限り美しい花畑と、突き抜けるような青空が広がる空間だった。そして、そこには信じられない人物がいた。


「お、おばあちゃん!?」


 それは、おっさんがまだ子供のころに亡くなったおばあちゃんだった。おっさんがまだおっさんでなかった頃、いつも優しくしてくれた大好きなおばあちゃん。


「お、おばあちゃーん!」


 おっさんは駆けた。気が付けば、今のおっさんはもうおっさんではなかった。

 おばあちゃんの田舎に遊びに行っていた時代の、少年の姿に戻っていた。


「そうか……これが絶対的スローライフか……」


 おっさんは理解した。金や権力、そして美少女など、しょせん自分を飾る虚構の鎧に過ぎない。自分が真に求めていたのはスローライフそのものではなく、その中にある本当に安らぎを得られる世界であった事を。


「ありがとう……ボインプルン」


 おっさんは救いの女神に心から感謝すると、おばあちゃんの方に駆けていった。おばあちゃんは節くれだった、けれど温かい手でおっさん少年の手を握り、優しく手を引いてくれた。


 二人は笑顔で、花畑の向こう側へと歩いて行った。



 一方その頃、現実の四畳半では、ボインプルンが一人立ち尽くしていた。

 彼女の目の前には、真っ白な灰の山があった。おっさんのなれの果てである。


「儚い……まるで淡雪(あわゆき)のように……」


 ボインプルンは目を伏せ、そう呟いた。


 絶対的スローライフを提供するためにおっさんを超加速させた結果、おっさんの寿命はわずか一秒足らずで尽きたのだ。それどころか、死亡、腐敗、白骨化、風化の過程すら数秒かからなかった。


 ――人間の生命力では、絶対的スローライフに耐える事が出来なかったのだ。


「ですが、結果としてあの方の魂は救われました。また一つ、魂を救済しました。これからも迷える人々を助けて行かねばなりません」


 そう言い残し、ボインプルンはうっすらと微笑みを浮かべ、光の中に消えていった。


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