16 男なんかと違って
女性の悲鳴が夜の澄んだ空気を切り裂いた。
フォルトへはすぐに三日月刀を構えて、正面から来る大きな人影が通り過ぎるのを阻止しようとした。確かに相手を斬った手応えはあったが、逃亡者は構わずに押し進んだ。
「待て!」
後を追って、フォルトへの上司であるユシュハが駆ける。助太刀に向かうべきか迷ったが、結局フォルトへは女性を落ち着かせて家へ送り帰すことにした。この仕事を始めてからまだ日が浅いが、性分なのか、あまり緊張していない。
――強姦と殺人罪の疑いをかけられた男の周辺を張っていたこと数日。何度か国境を越えて住処を移し、名前を替えて再犯していたほどのこの凶悪な男を始末して欲しいと、組織ジュリノイに応援要請が出たのである。探し出すだけなら組織の情報網を用いてしまえばそう難しい話ではなかった。
尾行し、絶妙なタイミングでターゲットを追い込んだものの、最後の詰めが甘かったらしい。せっかく無人の路地裏を選んだのに、今晩に限って無関係の人間がその場に現れた。人質にされるかもしれないと危惧した一瞬の隙に、奴を取り逃がしてしまった。
(先輩、大丈夫かなあ……)
放っておくと猪のように一直線にしか走らないのだから、何かと心配だ。そう思って街道沿いのベンチに腰を下ろした。フォルトへの近視では探しに行くよりも戻って来るのを待った方が早い。そうして、数分もしない内に聴き慣れた足音が近付いて来た。
「あれ? 意外に早かったですねぇ」
「思った以上にタフな奴だった。あれでまだ逃げる体力が残ってたとはな。だがお前が斬った傷に加えて、相当な深手を負わせられた。遠くは逃げられまい。今から手分けして探せば――」
「待ってください。先輩も怪我したんじゃないですか」
「この暗がりでよくわかったな。だが大した傷じゃない」
「見えなくても吐息の音でわかりますよー。ここ座ってください、手当てしましょ」
彼女が頭を振るのがぼんやりとわかった。フォルトへは苛立ちを抑えつつぐっと顔を近付けた。手を伸ばし、無遠慮に上司の肌に触れる。
「頬切れてるし、鼻も折れてるじゃないですか。女性なのに無茶しますね……」
「ほう。私が女だからって男よりも仕事ができない、すべきでないとでも言うのか? 生意気な」
「もー、違いますよ~。もちろん先輩は正義感に溢れててめっちゃ強くてステキですけど、女性だからこそ、男なんかと違って肌の美しさにも価値があるんですって。せっかくだから全部大切にしましょうよ」
「顔なんぞ気にしてたら敵との間合いが詰められん。妙なことを言うな」
「えー? 口説いてるだけです」
「くだらん冗談は良い。手当てするなら早くしろ」
ユシュハはどかっとベンチを揺らして座った。
「はーい」
出会った時から自分勝手な印象だったけど、なんだかんだ言ってちゃんとこっちの話も聞いてくれるんだな――そう思うとフォルトへはへらへらと表情筋を緩ませた。




