馬車
電車どころか電気がない、機関車どころか車輪式の機械がない、つまり鉄道交通が無い時代。
そんな王都の中心奥に建ち並ぶ本郭には、王族や政治家たちが暮らしている。
そして私たち平民の人口密集区画には中央広場があって、市場がいつも開かれている。
城門からは中央広場を通り抜けて宮門までの一本の中央大通りが伸びている。
私の見習い修行先の書記官組合は、城郭寄りに建っている。でも大通りには面していないので、毎日の徒歩経路は裏通り。そんな私でも、中央市場へのお遣いがあるという事は、中央大通りを行き来する用事があるという事だ。
私の家の前の砂利道から石畳に変わるにつれて通行人は増えていき、人の集まる喧騒、荷馬車の蹄、楽器の音が重なって賑わい始める。
だんだん見かけるようになるのが、使いの人を従えたお役人さん、巡回する騎士兵。
さっきまでの荷馬車とは駆け方と少し車輪の音が違う馬車も走る。
小さめだけど半密閉でカーテンが揺れる車室、家紋と装飾が豪華だ。どこかの建物や広場で停車しようものなら、どんな偉い人が乗っているか分からないまま、平民たちは道を空けて頭を下げる準備をする。
従者や護衛の人数が目立つと尚更お偉いわけで、誰が乗っているのかと観衆の集まりになったりする。そうしてやっと馬車から姿をお見せになるのが貴族さまたちだ。
あの馬車には貴婦人さまのお姿はなさそうだけど、殿方さまとご子息さまがご一緒のようだ。
私はまだ攻略対象を見た事がない。
私は今は子供だけれど、考えてみると攻略対象や攻略ライバルたちも、同い年だったり数歳年上なだけだからまだ子供だよね。
「お足元にお気を付けくださいませ、お嬢さま。」
「美味しいお菓子が見つかるかなあ、ねえお父さま。」
「お菓子は後だ、さあ祭礼の品物を選んで注文しに行くのだから。」
「え~、お菓子が無かったらそんなのどうでもいい~。」
「お嬢さま、大丈夫でございますよ。旦那さまも最近けっこう甘党ですから。」
ご家族に連れられてドレス姿の御令嬢が姿を現したので、集まっていたモブ野次馬の平民女子たちは憧れ慕う。そんな中で、私の視線だけは攻略ライバルに向けられる対抗心だ。
『悪役令嬢は庶民ヒロインに嫉妬しない』の主人公カレンティヌ嬢も、今はあんな感じで12歳くらいのはず。貴族さまたちの社交界でさぞかし可愛がられて健やかに嫌味なご令嬢への育成中でおられるだろう。
私だって、うん、ちゃんと攻略対象から可愛がられる庶民に育たなくちゃね。
ドレス姿の名も知らないご令嬢は平民女子たちをむしろ物珍しそうに眺めて、そして何でもなさそうにご家族に連れていかれていく。モブの中の私の憎たらしいはずの卑しい視線に気付く事などなかった。
そういうものですよ。今に見てなさいね。




