大商家
私の家はご近所さんともども裏庭で山羊を飼うくらいの庶民街の1軒だ。
坂道や石段が多くて、見晴らしが良い場所に立って見渡すと、ふもと側にはずうっと長く城壁が囲んでいて、山の側にヴァルモンド城がそびえている。これがオルダニア王国の真ん中にある王都ヴァルモンド。
ちょっと迷路めいた小路と裏通りを、子供の脚力にしておおよそ通学路程度の距離を歩いた先の大通りの手前に、私たちが見習いで通う書記官組合がある。リサは大通りの反対側から、ノーラはここの近所から。
日の出を基準にしたような朝の鐘がこの王都の民にとっては時計。なので早めの待ち合わせはあんまり簡単ではないけれど、上手く合流できた。
「ノーラはいつもより余所行きじゃない?」
「ママがこっちにしろって言うの。リサもそのお洋服は初めて見るわよ。」
「えへへ、これはみんなので。私の持ち服じゃないのよね~。エレナも……エレナは、いつもと変わらないんだ。」
「お、お洗濯してきたし!」
いちばん良い服をいつも組合に着てくる私にこれ以上はないのよ、いつもより可愛いリサちゃん? ノーラちゃんもね。
「ここの書記官組合の3人娘は朝から井戸端会議だな?」
「先輩、おはようございま~す。」の三重唱。
いつもなら私たちは朝掃除係から始まるけど、この日は掃除ではなくやや小綺麗なまま職能服を重ね着する。そうしたら、いよいよ私たちの初の派遣先出勤だ。
大通りを3人でお城の方角に向かう。見えてくるのは商家コルスル家。私は10年間ほど夢の中だったのでよく分からないけど、リサとノーラによると私もここの建物は知っていたらしいので……2人に話を合わせておこう。
この王都は古いけれど、そこに昔からあった老舗と言うよりは、ちょっと前まで続いていた戦争の軍需で大きくなった大商家らしい。
なぜ戦争で商人が潤うのか……なんて、この年齢の女の子が解説をするのもいきなりで不自然なので、そこは皆さんの身近な詳しい人に聞いてよね。
そんなコルスル家の建物は、一言で言えばなんと3階建ての複合施設。盗賊除けで上が尖ってる塀の中に広場があって、石壁で守られた倉庫と馬車につながれた馬が4頭くらい見える。2階は高級そうな煉瓦、3階は高級そうな木材の壁で、各階の半分ずつが目的別の倉庫という感じにも見える。
「書記官組合からお手伝いに来ました。」
門番をしている番頭さんを見つけてノーラが声を掛ける。いいのかそれで、と思うけど私たちは10歳だし可愛くて合格だと思う。
「はい。ご主人様から伺っておりますよ、算術士見習いさんたちですね。ご案内します、こちらへ。」
合格だねノーラ。
私たちは寄り道した店先の展示品を少し眺めさせてもらってから、横の通路を通って、計量室の先に書記官室があると先に聞いた。
「きっと何十人も書記官さまや算術士さまがいらっしゃるのよ。」
「うん、たぶん空中を数字が飛び交ってるお仕事場よね。」
「そうねえ、引き出しの1段に判子が一杯並んでると思うわ。」
みんな大袈裟な事を言ってるつもりだけど、どれも大体合ってたかもしれない。
書記官室で私たちは挨拶をして、室長さんらしい人や書記士さんたちから顔を憶えてもらった。でもそこが仕事場かと言うと違うと言われて、通路に戻って今度は書記士さんらしい人から連れられる。さらに奥に進んだ先を2階に上って、立ち入り禁止の注意書きがある部屋に案内された。
「あなたたちには、こちらでお仕事をしてもらいます。」
道具や計算具の雰囲気は書記室と似ているけど、さっきのお部屋より小さいし、人数も少ない。でも書類の山はうんと積まれている。これをこなすにしてはちょっとどうなんでしょう。
あ、だから私たちが派遣で呼ばれたのか。
「これからしばらくよろしく頼むよ。いいかい、コルスル家の帳簿書類は色々と特殊でね、教えられない事のほうが多いが。君たちは言われた通りの計算をしていってくれたらいい。」




