帝王学勉強会と婚約者
アルプス山脈は高く険しい。大陸側と地中海側を行き来できる方法は、わずか3つそれぞれの峠があるだけだ。
その向こうに不安定情勢が歴史になってるような帝国があるとすれば、その街道は軍隊の経路にもなりうる。もちろん商人や旅人の遭難や盗賊問題もある。そういうわけで、防衛型国家であるオルダニア王国側のそれらの街道には、鍛え上げられた国境警備隊が常時配備されている。
ただしそんなアルプス山脈にも四季はあり、サン・ゴッタルド峠とシンプロン峠はどちらも冬の間は通行止めになる。見張り部隊を置いて各警備隊はふもと側の警備拠点に後退する。雪で閉ざされた峠を前にして、彼ら兵士たちは必ずしもプロの冬山登山家ではないからだ。
ただし山脈とぶつかる季節風の関係もあって、オルダニア王国側の冬はさほど豪雪ではない。3つのうち東にあるブレンナー峠に限ると、ある程度の冬山装備があれば超えられる。そのため警備拠点は一年中大きくは変わらない。
それどころか、とある非公式な外交事情により、普段よりも警備隊規模を増やさなければいけない理由ができていた。
ひときわ混沌の歴史の中で強大となっている神聖ローマ帝国の皇帝をお父さんに持つ、オーストリア公国にお住まいのはずの第四公女が、私用という事でオルダニア王国にこ来訪中なのだけど。冬のブレンナー峠を公女殿下に登山スタイルで帰って頂くわけにもいかず、非公式なのに公式国交並みに宮廷を騒がせている。
第四公女マルガレーテ=フォン=ハプスブルク嬢の来訪理由は、学問交流。
オルダニア王国のヴァルモンド王族には現場経験が無いと思われる 帝王学 と呼ばれる学問があるらしい。公女殿下はその現場経験者なので、私たちの王国の王子たちにそれを教えてくれるという。
冬の前にいらした時に引き連れていた150名規模の公女護衛隊にはブレンナー峠の国境まででご帰還いただき、どうにか集めた250人規模のヴァルモンド王国が安全を引き継ぐ形で、ブレンシア領のガルダ湖畔に建つ貴族別邸にお泊り頂いている。
辺境領の中でもできるだけ一番端っこよね。
隣の帝国のこのハプスブルク家という王族は、「婚姻外交」が非常に積極的な事で有名だ。
普通なら国家と国家が結びつきを深めるための祝うべき外交手段なのだけど。それは実際には、血族関係が次の権力関係を生んで国家の支配構造を変えていく、宗教的な帝国特有の恐ろしい法則の始まりとなってしまう。
貿易などの親しい国交関係ではあるので、何かほかの名目で来られるとなればお断りもできない。だけれどもその接近者が公女殿下であるなら、そこには求婚の意図が伴う事は明らかだ。なのでどちらかというとこの求婚者に関しては、婚姻外交というより人質外交の意味合いが近くなっている。
・婚姻外交 …… 血縁のお近づきによって親しい国家となりましょう、という保障。
・人質外交 …… 要人をお預かりしているのでお互いに攻め入ったりしませんよ、という保障。
今はブレンシア領主アウグスト・トレナール伯の令嬢リトリー・トレナール嬢が年齢が近くて接待してるけど、なかなか釣り合わないという報告もある。「勉強会目的」と仰っておられる要人、公女殿下をいつまでも端っこの辺境領に誰もお相手に行かない訳にもいかない。
帝王学などというものを王子たちに教え込まれるのも考え物、となって。それで決まった主役が、末っ子王子オウレロ・セルヴィオ=エヲ=ヴァルモンドだ。難しい事を教わるのは構わないけれど、理解して習得する義務はない。そういう、なんというか学力偏差値的な戦略だ。
「えっ私も加わるんですか。……はい。」
第四王子オウレロ殿下一行は、何十人もの侍従や文官や使用人や従えて、そこに私エレナも追加で、さらに200人ほどの近衛兵を伴って、ブレンシア領のガルダ湖畔に向かった。
オーストリア公国のから、帝王学というものを、オルダニア王国の若き王子が教わる。
都市国家の構造
帝国と王国の違い
交易の仕組み
防衛の意味
宗教と政治の関係
そしてマルガレーテ=フォン=ハプスブルク嬢が婚姻外交について語り始めた時。席を一つ離していたリトリー・トレナール嬢が、第四王子オウレロ・セルヴィオ=エヲ=ヴァルモンド殿下に合図で呼ばれて隣の席に座り直す。
「私たちは国内結婚でいいかな……と話していたところだよ。」
そういう記録を渡された。私はもちろんそんな雲の上の勉強会に参加なんかできなかったけど。
あのですね。その第四王子も、私の攻略対象ですってば。




