第三王子
婚約候補者が2人いた第三王子シドリオ・セルヴィオ=エヲ=ヴァルモンドが、ミリアマーナ領の収穫芸術祭から、王都ヴァルモンドの収穫祭にお戻りになる。
1人目は、友交都市フィレンツェの大政治家、その長女イザベラ=ディ=チェルキ嬢。
2人目は、ミリアマーナ領アルベルト伯の、その二女ルクレツィア・カンピオーネ嬢。
いったいどっちの婚約者を連れ戻るのかが王族も臣民も関心の的だった。
王族の意図としては、隣国との婚姻外交に応ずる事は暗黙の禁じ手であり、現在の諸国との万遍なき外交の均衡に狂いをもたらす。彼らの細かく異なる宗教も尾を引いてしまうと考えられる。
そのために今回は辺境領伯爵にもルクレツィア嬢の立場をお借りして協力してもらっているはずだ。隣国のイザベラお嬢様には辺境領の迎賓館にお泊り頂き、我らの第三王子はさも婚約済みであるかのようにルクレツィアお嬢様を連れて戻ることが望ましかった事になる。
収穫祭の続く王都ヴァルモンドに華やかにご到着した第三王子は1人の婚約者をお連れで、臣民は熱狂で歓迎したのだけれど。東にある芸術の地より参られたそのお嬢様は、お綺麗な仮面を被ってらっしゃいました。
イザベラ嬢なのか、ルクレツィア嬢なのか。お二人のどちらかは明かされないまま。それでも殿下がご婚約者をお決めになったことは人々を大きく安心させられる。そこまではそういう理屈なんだけど。なんだか王族の前でも仮面を外していないらしいのよね。
王宮書記官室に回ってきた記録によると、王様たちが望むルクレツィア嬢であることを本人は仰るのだけれど。それなのに第三王子は、
「どっちでもいいじゃない。僕たちはまだ結婚するわけじゃないんだだからきちんと決めなくていいでしょ。」
と言っているらしいのだから安心度は半分だ。
王宮に来てから半年くらいの私は今でも王族たちには滅多に遭遇しない。それでもルクレツィアお嬢さまのいらっしゃる客間には書類手続きがあると私がお持ちする事が何度かあった。お支度中やお着換え中だったら最悪のご無礼は避けられますものね。
「あなた、書記官さんですの?」
「はいルクレツィアさま。私はエレナと言います、どちらかというと算術士です。」
「女の子同士でお話がしたいな……ねえ、エレナさんと時々どこかでご一緒できたりしないかな。」
「え、あ、そうですね。王子様ばかりですもんね。」
ルクレツィアさまは辺境領と言えその伯爵のお嬢様。平民の私なんかはお友達にはなれないのだけれど、お望みとだというならお断りでもしたら私は失職してしまう。城内の案内係や王都の観光説明係くらいはできるかな。
「エレナさん、お洋服にご興味おあり? 私と身体つきがだいたい同じよね。」
私は背が小さいほう。その後お話しするようになって分かったけど、私より1歳年下のご令嬢でいらっしゃいました。
それにしても第三王子は私よりは年上だというのに、芸術だけがお好きで恋愛感情がない事がけっこう知れ渡っている。ルクレツィアさまは収穫祭のお客人でもあったけど、そんな王子のお若いご婚約者でもあるのでヴァルモンド城に住んでいただいて、当面お友達の日々を過ごしていただく事になっているみたい。
それでいてルクレツィアさまは仮面をずっと被ったままで、それもちょっと知れ渡り掛けていたりする。
王宮書記官室は週休何日、という事はないのだけど。当番制とも絡んで、週休1日半くらいの感じで私は日中の城内を散策したり、自分のお部屋でゴロゴロもできたりする。そうしていたら、ノックがした。
「は~い、どうぞ。」
そうすると扉が開いた。
「エレナさん、今日はこれからお時間ある?」
「どうされたんですかルクレツィアさま、……侍従さんをお連れもしないでお一人で。」
「私はルクレツィアじゃないの。」
「わっ、お面をここで外さないでください。え?」
「ルクレツィア嬢は今でもミリアマーナ領のご自宅だわ。私はイザベラ。フィレンツェには帰れないミリアマーナ迎賓館への避難者よ。」
あら、あらあら。
「だってあのシドリオ殿下って、お好きな芸術の話しかしないのよ。ルクレツィア嬢だってお暇じゃないの分るわよね。私は最初は殿下に好意もあったんだけど、何あれ、芸術と結婚するのが一番嬉しそう。でもここの王様が安心するのは私がルクレツィア嬢である事なんだから、とんだ入れ替わり作戦になっちゃった。ねえエレナさん、そこでなんだけどさ。」
さすが隣国の政治権力者のご令嬢だ。お若いのに戦略的。
公式行事では時々、お面を付けた私が第三王子のお隣にいる。
話し込んでしまうと前回や次回の時に噛み合わなくなってしまうので、物静かで無口な女の子でいればいい。第三王子は女性はそのほうが美しいなどと宣ってご納得されている。
こうして私エレナは、第三王子シドリオ殿下から時々思い出したように婚約者であるように扱われている影武者となった。もちろん王子は私に興味が無いので中身が今誰なのかなんて気が付いていない。
「疲れた~。ただいま。」
「お帰りなさ~いエレナちゃん。」
「お疲れさま。意外と退屈でしょう?」
最近の私の部屋は、アデットとイザベラ嬢の遊び場になっている。




