第二王子
物資を乗せての荷馬車隊はジェノヴァ港を2日早く出発した。
私は馬に乗り慣れてなんかいないしスタミナが無いという事で、書類や物資の見張り役としてアルプス山麓に向かう荷物の一部となっている。
通じる街道が整備済みとは言っても砂利や土の道だし、イングランド王国謹製の対魔兵器を壊すわけにいかないので荷馬車隊の移動速度は歩くくらい。
同じ職場の、書記官らしき人・その何番さんたちや、算術士らしき人・その何番さんたちは徒歩組だ。私たちは王宮文官だけど、道中の領主館や街道別館、王家離宮には王族の部屋以外にも、随行する私たちのための部屋もある。
でも兵士の皆さんたちは、オルダニア王国側も、客人のイングランド王国側も、野営だ。
そんな野宿も訓練のうちとなるらしい。
オルダニア王国兵は全員男性だけど。イングランド王国兵を見て意外なのは、女性兵がいる。それもけっこう多い。
私から見たらお姉さんたちばっかりだけど、記録係のふりをして食事時の女性の輪のところにインタビュー的におじゃましてみる。
「お疲れさまです~。物資は皆さん足りてますか?」
「ああ、お陰でね。」
「道中がこんなに長閑だなんて、あの我が国では考えられないよ。お嬢さん。」
馬に乗る女性兵士もいるし、歩いてきている若い新人女性兵士もいる。中でも特に甲冑が綺麗な3人組にマイクのように私の羽ペンが近付く。
「こんばんは、なんだか王女様たちみたいですね。」
「これはまあね、いざという時には影武者にも身代わりにもなるのが役目だしさ、アタシらは。」
「本当にメアリー姫の専属護衛軍なんですね……。」
陽射しは強くはない。でも次の宿泊予定地までまだ遠く、街道には雑草が茂って野山と分かりづらくなってきた辺り。
あと半日した頃には、この荷馬車隊は本体と合流する。……その予定だった。
疾走する蹄の音が聞こえてきて、みんな足を止めた。伝令の馬とちょっと違う。激しい馬乗りの、それも2頭の駆け音だ。
荷馬車隊の皆があっけに取られるその横を、なぜか大剣を無駄に振りかざしながら美しい愛馬を駆り走り抜けていくのは、イングランド王国現王の王女、メアリー=オブ=カスティーユ姫だ。なんという鍛えられた精神と肉体をお持ちの異国のお姫様の艶姿だろう。
王女に少し遅れて追いかけるのは、もっと頑丈そうな馬を駆る、体育会系というか、美丈夫というか、私たちのオルダニア王国の第二王子、アリオス・セルヴィオ=エヲ=ヴァルモンド。まるで愛馬と一心同体のように全力疾走がお美しくて痺れてしまいそうになる。
そんなお二人は乗馬の速さを競い合い、向こうまで見えなくなった。
……今日の合流予定ってこれでいいの?
そう思っていると、今度聞こえてきた2馬分の蹄は、伝令と、ターミシビ領ガブリエル・ヴァルセーヌ伯爵のお嬢様。そのリアヌ・ヴァルセーヌ嬢が愛馬をへとへとにさせながら、やっぱり通過していく。やっと伝令が王子様と王女様の到着予定を事後報告する。
それからだいぶ経って、わりと予定時刻の頃に、へとへとの本隊が私たちの荷馬車隊に追いついた。今日の宿泊地点はあと1つ丘の先だ。
訓練とはそういうものなんだろうけど、移動だけで皆さんお疲れだ。
それにしても、我が国の第二王子も、イングランド王国のお姫様も、王族でらっしゃるのに目の前の王家離宮をご利用にはならないんですか? 焚火を囲んじゃって。あなたたちの野営訓練へのこだわりのお陰で何十人も寝ずの番ですよ?
私はそんな王族談議の会話内容を記録する役目があるので、お二人が話す焚火の輪に大人しく加わって、全速記はできないけど大体どんな事を話したか、重要な事を話さないか待機している。
リアヌ・ヴァルセーヌ嬢はというと、疲れてらっしゃって今お風呂上がりでお着換え中のご様子だったので、もうすぐこちらに来られるだろう。この王家離宮にどんな衣服があるのかは誰も分からない。
「そうであるかアリオス殿。そなたは戦う女性というものを日頃、目にしておらぬのだね。」
「そうだとも。魔物との戦いなど危険ゆえ、男の務めだと考えている。」
「危険だからではなく、兵どもの士気を鼓舞するリーダーが女性であるとしても何ら不思議ではあるまいと考えるのだが。」
「そなたを否定はせぬ。女性も馬に乗り、剣を鍛え、己を守る事は誠に立派な事だ。」
「おお、さすがアリオス殿はご理解が深い。ではどうか、戦を重んじる若き我ら同士、是非とも……。」
「まあしかしメアリー姫。そう思うからこそ、私にはこの通り……そこそこい勇ましい婚約者がおるのだ。」
私の肩をやさしくつかみ、抱き寄せかける美丈夫。
「いえっ、私は殿下とこっ婚約なんてしてません。」
「(いいぞ打ち合わせ通りだ。この場で婚約の意思を決めてしまう事で、姫には諦めてもらいやすくなる。)だが、心はそうでもあるまい?」
「もっもちろん、私はそうなんですけど、あのっ。」
「いかがであろうか、メアリー王女。私にはこのようにもう特別なリアヌ・ヴァルセーヌ嬢がいるのでね。」
はい、特別な筆記係です~~っ。




