魔物討伐訓練軍と婚約者
私エレナが生まれたこの王都ヴァルモンドは、オルダニア王国のだいたい真ん中にあるの。地中海からアルプス山脈までの国土だけど、大陸の西に浮かぶ島国のイングランド王国とは商船交易で繋がっている、港と港の関係ね。
そんな湾岸の前に広がる海が「地中海」、ずっと西に航行するとジブラルタル海峡の向こうは「大西洋」だ。
地中海って潮の流れが複雑で、古くから豊富な海産物が漁業を生んで多くの港町を支えている。庶民的にはイワシ、アンチョビ、サバなど。高級魚ではマグロ、カジキ、スズキ、タイも。軟体動物やエビ類も貝類も特産品が色々あるわよ。ユーラシア大陸側にもアフリカ大陸側にもぐるっと海の豊かさを人々に与えて、昔は全周が1つに統治されたローマ帝国なんていう時代もあったみたい。
だから漁船も貿易船も含めて、造船技術が高度に発達してきた。
でもそんな昔のいつからか国々は船体に弓矢や投石機を載せた戦艦を運用するようになる。数百年間続いているキリスト教とイスラム教の衝突があるからだ。
これがどんな海路か、幾つかのキリスト教圏国家が参戦した中でまたイングランド王国も大西洋から地中海まで戦艦に乗ってきていた、そんな200年間の十字軍遠征が最近やっと終わったばかりだ。だけど今でも海洋交易では大型商船が戦艦に護衛されたイングランド船団が地中海まで行き来している。
キリスト教もイスラム教も同じ神話から生まれた神様の教え同士なのに、どうして共存しようとしないのか。
さて私たちのいるオルダニア王国は宗教色が薄い国家なのだけれど、信仰が違うとなると、荒れそうよね。でもそうならない理由はある。
広くこの地に繁栄したローマ帝国から幾つかの新しい国々ができていく中で、オルダニア王国が生まれた時代には元々もっと古くからあった土着の多神教を原点とする信仰を重んじた。
今でもオルダニア王国は、[人と人が争わない信仰]を国教としている。
だから他国を侵攻しない。だけど、他国を侵攻しないこの国家を護るためには頑なに防衛する。まあ人以外に魔物からの侵攻もあるので軍事力はきちんと鍛えられているわよ。
なぜキリスト教とイスラム教が対立し合っているかというと、これは大人になると分かる事なんだけど。宗教組織って軍隊を動かす権力を与えられてしまうと、「人と人の関係」よりも「神と人の関係」を重んじるのね。それは精神的な意義であるかのように民衆を動かす、権威を広げるビジネス。どちらの宗教陣営も神様ビジネスだから身勝手な危険性は同じなんだけど、ここ最近の200年を見ると自分たちの生活の地を守るならともかく、遠地にはるばる遠征していくキリスト教側のほうが危険なんじゃないかな。
でも神様ビジネスが軍事行動ばかりを起こすとは限らないので、多くは人々のための普段の交易が優先。異教徒であっても衣類や食料のほうが大事。ましてやどちらの宗教でもない土着信仰型の国家となら、いよいよ衝突する理由がない。
そういった多くの海洋交易国家の数々と海岸で接している私たちのオルダニア王国を防衛しているのは、ターミシビ領の領主ガブリエル・ヴァルセーヌという辺境伯だ。
イングランド王国としてはオルダニア王国に訪れるにもフランス王国の通過はできないため、魔物討伐訓練軍の移動は大西洋からジブラルタル海峡を通って地中海までの海路に決まりました。
表向きは友好関係である合同訓練の魔物討伐訓練軍。
アルプス山麓に生息する魔物たちの壊滅目的ではなく、人間の生活のための緩衝域での駆除を行う作戦管理、空を舞うドラゴンからの回避、そういった生息域対策のノウハウを提供するのはオルダニア王国。そしてイングランド王国からは魔物駆除兵器を試験運用した上で環境保全物資として取引を検討する。人と人との争いを目的としないからこそ実現した合同訓練だ。
通常の使節団であればジェノヴァ港のあるターミシビ領迎賓館に華々しく迎えられるはずのところ。だけどなにしろ武装を持つ小軍隊なので、形式的な式典しかできない。
船団のうち同行してきた戦艦はコルシカ島に停泊させられて監視下に置かれる。訓練軍はジェノヴァ港に停泊した輸送船の中で宿泊し、野営をしながらアルプス山麓に向かう。オルダニア王国の防衛軍は3倍以上の兵力によって客軍を常に監視しながら安全を期すので、両国家にとって大掛かりな行事と日程になる。
私エレナのいる王宮書記官室では、出張チーム編成のメンバーが選ばれる。なにしろ軍費が掛かる大型行事、報告書だけではなくジェノヴァ港やアルプス山麓で人数や物資を王都直轄の形できちんと現地で記録しておかないといけないからだ。
軍事費ご担当の書記官らしき人・その29ホローブン王宮書記官は、この行事のために忙しすぎてなんだか時々様子が虚ろだ。
「エレナ君も行ってきてくれ。なんだったら山麓部隊にも随行してきて構わんぞ。」
「え~~。重たい物資が多そうです。」
「辺境伯のほうに、できれば女子の記録係が必要になるのだよ。ここにはエレナ君しかおらんだろう。」
「女子が??? 私でよいんでしょうか。」
イングランド王国の魔物討伐訓練軍が、というよりもメアリー=オブ=カスティーユ 姫が、オルダニア王国にいらっしゃいました。
王宮書記官たちと算術士さんたちによる私を含む出張チームも、忙しい手を止めて、ターミシビ迎賓館で行われる歓迎式典を傍観する。
私は、横にいた書記官らしき人・その19さんに尋ねる。
「どうして一国のお姫様が、合同軍事訓練なんかに参加してるんですか?」
「イングランド王国はフランス王国と戦争中だから、本当はこんな訓練なんかしてる余裕は無いんだよ。これはお姫様の我儘外交だからな。」
書記官らしき人・その22さんも教えてくれる。
「見てごらん、半分がメアリー姫の警護部隊。残りの半分は新兵ばっかりだよ。お遊び軍隊だ。」
「確かに、ご立派な装飾品みたいな甲冑ですね……。」
メアリー=オブ=カスティーユ姫を社交儀礼でお迎えしたのは、第二王子アリオス・セルヴィオ=エヲ=ヴァルモンド。私の二人目の攻略対象です。
そこに同席していたのはもう1人のお姫様?、いや令嬢様がいたようだ。
リアヌ・ヴァルセーヌご令嬢。
ターミシビ領ガブリエル・ヴァルセーヌ伯爵のお嬢様だ。
勇ましい父親譲りであるかのように、剣を交える儀礼は、まるで第二王子を奪い合う演舞を垣間見せた。
ですから。その第二王子も、私の攻略対象ですってば。




