第一王子
「どうしたんだい、エレナ君。僕のチェックの字が汚いかな?」
「あ。いえ何でもありません、書記官(らしき人・その15番)さま。」
「それ清書じゃなくて王族の方々が確認用に目を通すための仮書面だから、そこそこ読みやすければ十分だからね。」
「はい、重要記録に残る書類ではないですよね。」
フランス語に忙殺されている書記官さんたちから、オルダニア語で済む中間書面の書き直し作業はこんな感じで何度も私に回ってくる。
その記録によると、私の攻略対象は、アデル姫とマルティーナ令嬢らとご一緒に3日間ほど王都を見物して回り、親交を深めた。その様子が随行書記官の速記で書かれている。
いーなー。
王都観光できて、いーなー。
お茶会できて、いーなー。
婚約の匂わせができて、いー……よくない、絶対よくない。
どうにかして私は、手元にある中間書面の段階で[ 私の名前に捏造できないか? ]と思い、しかし留まりながら、書記官らしき人・その15から叱られるのが確実そうだし、しかたなく単に読みやすく書き写すことにする。
そう、盛大に迎えられたフランス王国のアデル=ド=ヴァロワ姫は、昨日で王都滞在の公式日程を終えて、今はダンドグーリ領迎賓館に向う復路の途中だ。
前々から相変わらず宗教的な権威かのように押し付けられる品々は、その迎賓館で留め置かれるけれど。それを通り抜けても、両国間では多くの贈答品が交換された。こうした贈答儀礼は二国間の安定の象徴なため、詳細で正確な記録作成が王宮書記室にも回ってきて、ロウソクの消灯を深夜まで引き延ばさせる。私もそんな残業になる日が若干増えてるかな。
酸欠ではないはずだけど、オジサマたちに欠伸が連鎖発生するそんな午前中。
宮廷への用事から駆け戻ってきた書記官らしき人・その6が一大事を言う。
「第一王子殿下が今、参られるぞ。」
それを聞いて、座っていられる文官はいない。全員が机の周りを整理し、身嗜みを整え、庶務の女性陣が埃をはたく。……この瞬発力は、なんだかみんなきっと慣れてる。
近衛兵を従えている何人かの足音が廊下に響く。
ノック音が聞こえ、王族の侍従が緊張感張り詰めた室内を見渡す。
「第一王子レイネル殿下が、記録をご確認になられます。」
「昨日までの茶会の記録を確認したい。速記の原稿は、どなたが預かっているのだろう。」
書記官らしき人・その4が、書記官さんらしき人・その13~15を指差して、その3人がささっと手を挙げる。
従事を伴う17歳の美青年が、オジサマたちと書面探しを始める。
不思議だ。オジサマたちで埋め尽くされてるはずの背景がなぜか薔薇園になっている。
そして、書記官さんらしき人・その15は、探し主に最大限愛想良くしながら、その右手が私を指し示す。
あの美青年の探し物は今、私の机の上にある。ちがう、それは私が清書途中の写し。
私が今、両手に持っているのが原稿だ。
「……これだ。やはり、そうであったか。私もアデル姫も、一度たりとも婚約など口にしてはいない。あれは両国家のための、若い者同士の社交の場にすぎない。ゆえにマルティーナ令嬢も同席した。それだけのことだ。」
「殿下にはそうお見えだったかもしれませんが、アデル姫さまのあの時のご様子は、その、」
「ありもしなかったこんな記録を父上や母上に読まれては私が困るではないか。」
「ですが殿下、マルティーナ令嬢もご一緒頂いた事の記録は残しませんとですね……。」
「ああ、そうだ。それならアデル姫は観光に来た。同伴した私の婚約者には誰か他の女性の名前を記録する、というのはどうかな?」
「おお、殿下それは良いアイデアですな。」
「どのような女子の名がよいだろう……。ああ、そなた、名は何という?」
「そんな、私の名前を勝手に使われては困ります。」
第一王子は背景の薔薇を一輪つまんで口に咥える。
「分かった。礼として、そなたを王室へ招こう。エレナというんだね、では侍従よ、その名で記録を書き直してくれ。」
「ははっ、そのように。」
「ああ……第一王子、いえ。レイネルって、なんだか女の子の香りがするのね。お声も。」
「エレナちゃん、もう、おきて~。」
目が覚めると、私から抱きしめられてキスマークだらけの間近なアデットの顔があった。
ここ私の部屋じゃないの。
シャンデラによると、私は失神して庶務の女性から背負われて帰宅したそうなのだけど、困った。どこまでが現実だったか思い出せないっ。




