ドラゴン
シャンデラに連れられて部屋から出て、改めて周囲の通路を見て回る。
私の部屋は独身寮か何かと思っていたら、資材室やら臨時作業室みたいな空き室が集る区画の一室だと分かった。壁隣りさんはいないわね。
城内の人と擦れ違う時の作法、回廊の行き来、書記官室の前までの行き来の再確認、水回りの場所と使い方、色々教えてもらう。
そして、物干し場にもなるという屋上への出入りも。
お城の建物形状は複雑なので色々な箇所に屋上がある。
そのうちの小さな1つの屋上には、洗濯紐が張られて衣服がはためいている。
「シャンデラ、そのお嬢さまが今度の見習いさん? お若いわ~。」
「エレナさまは算術士さまよ、カルザ。もちろん私たちの新しいお仲間だけど、私たちの仕事なんかをさせちゃダメだからね。」
「算術の、見習いです。庶民ですのでよろしくお願いします。」
「やあだ、庶民ですだなんて、そんな。」
「ここはヴァルモンド城の中ですよ、エレナさんはご立派になってくださいませ。」
このシャンデラというお母さんは、きっと私と気が合う、と感じた。
まあ私が立派になりたい区画はというと、このお城の、もうちょっと宮殿のほうでなのですけど。
「好きな時に日光浴しに来てもいいですか?」
「もちろんよ。誰かがいるとしたら洗濯係の私らだからいつでもね。」
お城の横にある位置なので、私の居た実家やコルスル家の建物はここからは見えない。でも、王都の街の反対側が見下ろせる。
そしてアルプス山脈のほうには、まるで猛禽類のように小型のドラゴンが浮かんで飛んでいる。
シャンデラは平民の女性。
今日はまだ数人しか見かけてないけれど、この王宮の中ではこんな感じの女性たちが何十人も生活している。なぜかというと、ここは一国の中心となる王宮。王族だけではなく多くの貴族も官僚も仕事をするとても大きなお城だからだ。
多くの人々が職務を持ち、そして居住する建物だから、比例して多くの世話係・家事係となる使用人が必要になる。貴族さまのご家庭は同じく貴族さまだとして、官僚さまたちは平民なのでそのご家族が一緒に宮廷内で生活をする。そうするとその奥さんたちが、ごく当たり前に掃除や洗濯のお役目になるというわけね。
そしてご夫婦の間には子供もできる。でもお城の中には平民のための教育環境が無い。
男の子の場合なら多くは年少期から街で育つように奥さんと一緒に街での暮らしとなって、ご主人さんはお城の中の単身赴任状態となるわね。
お子様が女の子の場合は、年少期を同じように街で暮らすか、それともお城で暮らすかに分かれる。平民の女の子にとって、お城の中の使用人となる人生は十分に安定職だからだ。
シャンデラも、旦那さんは王宮書記室にお勤めの書記士さんだという。そしてアデットは女の子で、ご家族で話し合いの末、ご主人さんは単身赴任にならなかったわけね。
「お城からの出入りには許可の手続きが面倒だから、特別な理由がなければ街には行き来できないわね。私もこの子を連れて街を歩きたい気持ちはあるんだけど。」
お城の中では安定した生活なのか、それとも狭苦しい生活なのか、良いのか悪いのかは判断が難しいかもしれない。
それで考えると、私がここに来させられた理由は、本当に見習いの素質だったのか、やっぱり監視下に置くのに絶好だったからなのか。
「壁で囲まれた村社会ですね……。」
「あら、エレナさまは上手な事を仰るのね。貴族さまたちの前では[村]だなんて言ってはダメですよ。」
そして笑ってくれた。これは私も笑うところだ。
お部屋に戻って、お部屋番をしてくれていたアデットとまた一緒になる。その頃、通路のほうからは大勢の人が動き出す音が聞こえてくる。
「何か……あったんですか?」
「ママ、私もお腹が空いた~。」
「食堂に官僚たちが集まる準備をしてるのよ。えっと……エレナさまのお食事はこのお部屋にしましょう。」
「シャンデラ、それなら三人で食べたいな。ここで。」
「いけませんよ、エレナさま。私たち使用人は官僚たちが食べた後をお掃除してからだし。その後で使用人同士で食べるけど。エレナさまがそこにご一緒していただく事は出来ませんから。それに、あの仕事話だけの人たちの中に女の子1人が混ざっても、あの人たちも困るでしょう。大丈夫だから安心してね。」
アデットを私の部屋に残して、食堂に向かったシャンデラは、間もなく戻ってきた。トレイに一人分の食事を持って。
パンとスープと少しのお肉と果物もある。
「美味しそう。食べていいんですか。アデットも食べよ?」
そういうと、アデットは自分からそれを断る。
「官僚さまのごはんですからお召し上がりください。」
「私は官僚じゃないよ~、あさってからの、それも見習いだよ~。」
それにしても気になる。
「私はそんなに食堂に加わらないほうがいいの? シャンデラ。」
「う~ん、そうだわね~。エレナさまが禁じられてるとかでは無いんだけど。あれはね~。」




