お世話係さん
ワンルームのアパートにも色々な広さがあると思うけど、そういう種類のどれかには当てはまる位の広さの一室だ。
今日の私の立場はというと、王宮書記官室に通う算術士見習いのお仕事が決まって、社員寮か一人暮らしのアパートに案内されたばかりと同じ。でも、開梱する段ボール荷物はないし、これから必要そうな家電品の下見に行く事もないわね。
棚に並んでる紙類や筆記具は誰の持ち物だったんだろう。前のこの部屋の主の置き土産か、仕事場の余り物かな。
「ここで初心者が最初に覚える事、とか、いろいろ書いてあるのかしら……ページ続きにはなってないし、4分の1に切られて軽く綴じてある。これは!」
羊皮紙の裏紙じゃないの。つまり豪華なメモ帳だった。
幽閉生活からは解放されたけど、周りが大人たちだけの私の暮らしはまだ続くんだなあ……と思っていたのに。
そうじゃない、大人とは違う足音がする。タッタッタッタッ、タタ、タッタッタ。コンコンコン。この部屋を探し当てたかのように前で止まって、足音がノック音に変わる。
「ここの事ですか?? はい、居ますよ。」
「エレナ……ペテットさま。開けていただいてもいいですか~?」
声もやっぱり子供だ、はいはい。私はすぐに扉に手を掛けて、ゆっくり押すと、立ってたのは女の子だ。9歳くらいかな。
「お水とぉ、ロウソクの今日の分をお持ちしました。」
「あの……お父さんかお母さんか、それか保護者はどちらに?」
「ママが、アデットにね。エレナさまがお一人でしょうって。だからママより先にあそびにきたの。」
さすが児童労働の時代14世紀、とは言え遊び相手と聞いて安心した。確かに喉は渇いていたのでお水を注いでもらっちゃう。
「アデットって言うの? 私はエレナ。お姉ちゃんはさ、ここでね……。」さみしかった、寂しかったよ。
という気持ちが無かったわけでもないので、手をつないで、どうしようかと椅子に掛けてもらって私は床に座る。
この世界ってゲーム内で華やかなのは貴族さまたちだけど、それ以外の近衛兵や文官は、平民。王宮内の平民はほとんど大人たちで、そこに使用人さんたちや家族として女性やティーンが少し混ざる感じだったはず。
人が多ければ使用人の数もそれに伴うし、昔というものはどこも男女の役割が分担されて、家事はもっぱら女性たちの仕事。お世話係を兼ねる奥様連合があって城内の男性たちの仕事場も担当して成り立っている。
なので、このアデットという女の子はそんな誰かの娘さんだ。平民だけど住み込みでさすが宮廷育ち 、たぶん書記官さんたちの前でお邪魔にならないよう物静かにするように言われている事が分かる。
まあ、でもあと2年で私の恋敵になる事はなさそうよね。
両手を取ってあげてダンスの真似事をしている所に、開きかけだった扉が音を立てる。
アデットが先に気が付く。
「ママ。エレナちゃんだよ。」
「お世話係になるシャンデラです。今日と明日は宮廷のご案内と、お勤めの準備をしていただきますね。」
けたけたと笑う娘さんと一緒にターンを決めた私は、
「よろしくお願いしますっ。」
と頷いた。
この部屋にシャンデラが持ってきた物は、暖かそうな掛け布団類とその上に乗せた箱。箱の中身は文房具類のようだ。
さっきまで藁のクッションが良い感じだった座れるベッドが、これでやっと潜り込めるベッドになった。足が宙に浮いていたアデットを、私はその布団の上に着陸させる。
机の上には書類サイズのままの裏紙、羽ペンとペン立て、インク一式、蝋版とビーズ算盤が揃って、一気に私の宿題机らしくなる。
「足りない物があればご用意しますから、私にいつでも仰ってください。」
「ありがとうございます。まだ分からない事だらけで……。」
「エレナさまはこんなにお若いですからね、でも大丈夫ですよ。」
この時代のこの王宮ではこうしたお部屋が当たり前だという事は分かる。でもゲーム内に出てこなかったこっちの区画や、このお部屋は本当に初めてだ。
新年度という感覚ではないけど……今は春。王都のほうはもう暖炉を灯す必要がなくなってる時期だ。
それなのに、このお部屋は確かに寒い。壁材が石板なのではなくて建材の石がそのまま壁なのだから、お城の中のこういうお部屋って、そう洞窟みたいな空間なの。
空の明るさは見える。けど日光が差し込む角度ではない細い窓。お城の窓って人が出入りできない大きさになっているわけね。
「慣れないとちょっと寒いですよね。節約しろとは言われてるけど、いつでもお裾分けできますから暖炉に灯しましょうか?」
「はい、今はまだ涼しいだけかな……。でも夜に冷えたらお願いします。」
一日分だけまとめてある薪は配給品だという。そしてロウソクも配給品、さっきアデットが持ってきてくれた分はそれだったんだね。




