書記官組合
「ベルトラム師匠。ここの計算、前回より値が上がってるんですか?」
「ん~? ……ああそれな。ここと、ここの列を見てくれ、エレナ。」
付箋紙も貼られていない帳簿の中からすぐに2枚の書類を選び出して念入りに確認した師匠は、私に再計算を委ねて、そして自分の作業に戻る。
よし、こういうのにはこっそり筆算の出番、小さな蝋版にアラビア数字よ。
「エレナぁ、どうしていつもそんな書き方で数が分かるの?」
「師匠はこれを魔法ではないって言うよね。フィボなんとかさんの算術に近いって。」
そんな様子の私の手元を、リサとノーラの姉妹弟子たちはビーズ算盤と比べながら不思議そうに眺めるだけだ。
この世界の算術は、幾つかの専門業種ごとの実用技能みたいなもの。建築方面だったり、商取引方面だったり、それぞれに必要な計算をローマ数字で行う。あの時計盤でしか見かけないローマ数字(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、……)。
私たちのような見習い弟子はビーズ算盤で加減算はできるけど、規格表で掛け算や割り算の代わりをする仕事全体を初めからは教えてもらえない。
でもこの私はなぜか 算数 を知っている。アラビア数字(1、2、3、4、……)を使うと掛け算と割り算の何とも楽ちんな事か。師匠から検算してもらって許されるまでは日数がかかったみたいだけど。
それからも私はちょっと色々背伸びをして師匠の計算の代わりもこなすついでに、書面の仕事も練習させてもらえたりしている。
この書記官組合は、商人や職人などの帳簿や契約書を扱う専業の人たちの組織。王宮や商家や建築屋から計算仕事そのものを受注したり、人材派遣したりもする。
そんな書記士の卵候補を見出して弟子が師匠の下でこき使われ、もとい勉強させてもらえる場でもある。私にはちょっと重要な、私の未来のための職業学校みたいなものだ。
それにしてもママも言ってたけど、この王国って税金が高いものだわぁ……何やってるの私のメイン攻略対象は。
そう、攻略対象。私の転生前の人生にいつも響いていた四字熟語。
私は知っている。この世界は私が大好きな『悪役令嬢は庶民ヒロインに嫉妬しない』のゲーム内世界だという事を。
エレナは、主人公カレンティヌ令嬢から疎まれつつも王子様に親密な庶民の女子。私はそんな庶民に転生したばかりだ。
ダンスと足型だけで人生を勝ち取るのではなく、庶民の女子が美貌と誠実さで攻略対象から見初められて寵愛される人生は、ここから始まるのよ。うふふふふ。




