ロイエル夫人
それが泥団子と泥水だったとしても同じだっただろう。私は2人に話を合わせている。
「美味しいね~。これ1人1つずつじゃなくてもいいの?」
「前からここのソファに座ってみたかったの、フワフワ~。」
「そうだね、美味しくてフワフワ……。」
「エレナ、どうしたの私たちを見てるばっかりで。」
「……お腹なんともない? 眩暈とか痺れとかしてこない?」
「あはは、幸せすぎる時にそういう子だっけ。エレナ~。」
「……あっ。」と、三重唱。
「お噂の小さい書記官さんたちはこちらかしら? 干し無花果のお砂糖漬けは食べ頃でよかったわ。」
私たちのそんなお茶時間のお相手に現れたのはロイエル夫人だ。
時々見かけていたよりもずいぶん優しそうにお話し相手をしてくださる。ご丁寧に日頃への労いのお言葉も。
そして、書類の手違いの事を言い広められては困ってしまう事への世間話と、同意誘導。
「このお仕事はね、間違いで済まされる事もあるけど、絶対に間違えてはいけない書類もあるのね。でも間違いは起こってしまうでしょ。私たちが一番守らなければいけない事は、間違いを未然に防いで表には出さない。それがこのコルスル家の信頼を崩さない、という事なの。」
いえ奥様、明らかに不正経理ですよね。
しばらくすると書記士さまが、何か用意ができた事をロイエル夫人に伝えにきた。
「はいこれ、うちの主人からよ。こちらの書簡はベルトラムさん宛てのお手紙、そしてこちらはエレナさんのご両親へのお手紙なの。うちの使用人に届けさせたほうがいい?」
ここでのお手伝い中、書類によってはその封蝋をよく見かけていた。ロイエルさま直々の印章の封蝋がされてある。王宮相手の弁えたほうの印章じゃなくて、商人同士の威厳に使われる大きな立派な印章で。
多くの書類の場合は封蝋自体がないし、あっても部下さんの認め印だったりするのに。私なんかの事にいったい何の重要書簡だろう、それ。
「今日も私たちは書記官組合に戻りますから、お預かりできま~す奥様。」
「でもエレナのお家には誰が届ける? 2人で行こうか。」
「連絡係の職員さんがきちんとお作法通りにしてくれるんじゃないかな。」
「いや、私の両親にそんな作法だなんて……。」
ベルトラム師匠宛てと、そして私の両親宛ての立派なお手紙。その2通を書簡用の革袋に入れてもらい、リサとノーラがそれをしっかり預かる。
時間は早いのに今日のお仕事はさっきのところまでと言われる。そして私は1人、ロイエル夫人にこのまま招かれることになっていった。
「認められちゃったね、エレナ。」
「お泊りのお話聞かせてよ。じゃあね~。」
姉妹弟子の2人は、私を羨ましそうに手を振っていたけど、違う、違うのよこれは。
私は今日、家に帰れなくなった。
「エレナさん、私たちは長いお付き合いになると思うわ。色々とお話をしましょうね。」




