お茶菓子
中立国に近いと言えるオルダニア王国は、たとえ近隣で戦争が起こっていても国境線が変わるような事はない。けれど敵対関係が無いそれらの近隣国と貿易が絶たれる事もないわけ。そうすると小競り合いや小戦争で物資の消費が増す各国相手に、その取引が大きく増える。
そう、荒れる世界の中立国に限れば、それで自国内が比較的豊かになったり、商業がだいぶ盛んになったりするという一面があるのね。
そんな一方で、中立国に攻め入ろうとする企てもないわけではないため、自国防衛のための軍備も場合によっては増強されちゃう。
と、いうわけで。軍事費の帳簿作業に大きな調整が必要だったみたいですわね、王宮書記官ホローブンさま。
見習い弟子3人のコルスル家への派遣が4回目の頃には、私は11歳になっていた。
リサもノーラも私も、相変わらず足し算と筆記をひたすら繰り返すお手伝いに追われるけど、書類の量は増加傾向だわ。2人の負担も減らしたいし、私はちょっと早めに済ませて検算係さんに渡して、次の書類山と指示をもらいに行く。
「順調だね? じゃあこっちのこれの続きも同じように進めていっておくれ。ここだけ気を付けて。」
「はい、ここはそうするんですね書記官さま。……あれ?」
帳簿を2つと書類を重ねて受け取って自分の机に向かおうとしたところで、何の気なしにもう一度振り返る。
「でもその通りにしちゃうと、さっきの修正と照らし合わせた時にバレちゃう気が。だって、ここの帳尻合わせは監査で分かっちゃうんじゃ ……あ、」
「……なん、だとっ? お、いやコホン。おお……これは何の手違いかな。ちょっと君、そこに座って待っていてくれたまえ。急いでロイエルさまを呼んでくれないか。」
これは拙い。
私は足し算と筆記がこなせるだけの見習でなくてはいけなかったんだ。うわ、どうやって早退しよう、母が急病で? ……そもそも電話が無い時代だわね。
私は質問の失敗の重さを理解する。
この目の前の書類作業は、軍費の汚職を内密に処理している不正経理業務だ。電卓とタイプライターでしかない私がその数字の意味を知ってるわけではない事が大前提の。
いつもより早足の足音で現れたロイエルさまは、とても落ち着いた様子で2階のこの小さなほうの特別書記室の様子を見渡し、さっきの書記官さまと隣室に入って話し込み始めた。
私は身体が震えてきた。この後どの部屋に呼ばれて、どんな幽閉や拷問が待っているのだろう。
高官と商家の汚職を知ったエレナ・ペティット、享年11歳。
『悪役令嬢は庶民ヒロインに嫉妬しない』、プロローグもまだ始まってないプロフィール文章の途中で潰えるのって、私がゲーム内に転生したと言えるの?
「聞いたよ、エレナ君。本当に助かったよ。偉いぞ。」
なんだか、ちょっとお声が高らかだ。みんなにそう聞こえるように。
「書類が多いと手違いが発生する場合がありますが、それを見逃しちゃいけないのが我々の仕事ですからね。」
書記官さまのお声も同じくらいに大きい。みんな聞こえてる?
「リサ君、ノーラ君も。今日の仕事はここまでにするよ。ちょっと早いがたまには客間でお茶菓子でもどうかな?」
「エレナ、すご~い。間違いを見つけちゃうなんて。」
あのね、明らかに不正経理なんだよ。
って言えない。
私たち3人は初めての応接室で、言われた通りにお茶をご馳走になり、2人はお菓子を堪能する。
私にはせっかくのその甘さが砂糖なのか泥なのかも分からない。




