吾輩は猫なのか?【第十九話】
私とサンドラは、恐る恐る男へ近づいた。
私は、巨大なクマのぬいぐるみに触れる。
すると、ぬいぐるみは崩れるように“材料”へ戻っていった。
生地。 綿。 糸。
それらは、するすると袋の中へ吸い込まれていく。
そして――中から、風穴の空いた男の身体が現れた。
穴からは、ばちばちと電撃が迸っている。
だが、男はもうぴくりとも動かなかった。
「やれやれ♪お前があんまり遅いから、私一人で勝っちゃうところだったよ♪」
サンドラが、疲れたように笑う。
「ご、ごめん。一応全力疾走したんだけど」
私は息を切らしながら答えた。
「材料探すのに手間取ってさ。位置、聞いとけばよかった」
そう言って、生徒証をサンドラへ差し出す。
サンドラも小さく息を吐くと、代わりにナイフをこちらへ差し出した。
「で……“これ”死んでるの?」
私は男を足先でつついた。
反応はない。
「うーん♪そのことなんだけど――」
サンドラが頬へ指を当てる。
その指先は、まだ小さく震えていた。
「こいつ、気になること言ってたの♪」
* * *
「な……!?じゃ、じゃあ!」
「そ♪これは“人間じゃない”♪」
サンドラはしゃがみ込み、男の胸に空いた風穴を覗き込む。
「まぁ、魔力も感じなかったし♪納得ではあるかな♪」
「だけど、こいつ……喋ってたよね?」
「うん♪こいつの言葉から察するに――」
サンドラは、男の身体を軽く叩いた。
「この“人形”を操ってる本体が、別にいるってことかな♪」
――バカな。
じゃあ、そいつはまだ生きてるってことか?
私は再び、トーマス先生の死体へ目を向けた。
「そんなの“不公平”じゃん!」
思わず声が荒くなる。
「私たちは命懸けでこいつを倒したのに、こいつは――」
その時だった。
サンドラが、男の胸の穴へ手を突っ込んだ。
「え?……ちょ、何してんの!?汚いって!」
「“人形”だって言ったでしょ?中身がどうなってるか確かめてんの♪」
「あ、ああ……そうだった」
私もサンドラの隣へしゃがみ込む。
そして、同じように風穴へ手を突っ込んだ。
内部には妙な部品がぎっしり詰まっている。
触れるたび、ばちばちと電撃が指先を走った。
「妙な部品がいっぱい♪こんなので、どうやったらあんな動きができるんだろ♪」
サンドラは興味深そうに内部を弄る。
「やっぱり、“光界”の技術ってとんでもないね♪」
「あ、あのさぁ……ちょっと気になるんだけど」
私も部品を弄りながら、サンドラへ声をかけた。
「ん♪どうしたのかな♪」
「なんというか……妙に詳しいよね……その……“光界”のこと」
サンドラの手が、ぴたりと止まった。
珍しく、その顔から笑みが消えている。
静まり返った廊下に、ばちばちと電撃の走る音だけが響いていた。
「こいつを最初に見た時も、今もそう。サンドラ、一度も“魔術で操ってる”可能性には触れてないよね」
サンドラはきょとんと口を開けた。
そして、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「あなたバカ?“魔力がない”って、ずっと言ってたでしょ♪」
「あ!そっか……いや、そうじゃなくて」
――ん?
不意に、別の疑問が頭をよぎった。
――こいつは“人間じゃない”。
“様々な部品”で作られた、“人形”。
私は改めて、“それ”へ手を伸ばす。
触れた瞬間――ガコン、と内部で何かが外れる音がした。
次の瞬間。
男の身体が、ばらばらに崩れる。
紫色の装甲。
無数の部品。
黄色い発光線。
それらが、床へ散乱していった。
「う、うわ!?ちょ、びっくりさせないでよ!」
――サンドラが、珍しくしりもちをついて狼狽えている。
これは“写真”に収めたい光景だ。
私がにやにやしながら見ていると、サンドラはこちらへ気付いた。
「チッ!……それより、何で術式が通じてるのかな♪」
舌打ちしながら立ち上がり、私へ問いかける。
「“認識”の問題だよ。理由は二つ」
私は指を一本立てた。
「理由①。私はこれを“生き物”だと思っていた。私は、“生きている動物”は分解できない」
次に、もう一本の指を立てた。
「理由②。この“人形”が、“複数の部品”で構成されていると理解した」
私は床へ散らばる部品を見つめる。
「だから、“分別”の術式対象にできた」
「なるほどね♪」
サンドラは感心したように目を細める。
「あなたの術式構築……やっぱりかなり高度なことしてるみたいだね♪」
――そうなのか?
私からすれば、サンドラの術式の方がよっぽど"高度"なんだけど。
「ただ、それだと一つ気になる矛盾があるんだけど♪」
サンドラはそう言って、私の腕を指差した。
「ああ?私のこと?」
私は首を傾げた。
「私は一回“死んでる”から。“死体”は、術式対象にできる」
「……は?」
サンドラの表情が固まった。
目を見開き、口を半開きにしたままこちらを見ている。
「それより!」
私は気を取り直すように言う。
「私の認識が変わったから、仮に同じようなやつに遭遇してももう怖くない!触れれば、ばらばらにできる!」
私はぴっと指を立てた。
サンドラはしばらく黙っていたが、やがて呆れたように笑った。
「こんなのが何体も……想像したくないけどね♪」
そう言って、男から抜き取った部品を弄る。
「で、これからどうするの?」
「結界の“核”を探す♪」
「核?」
そう言えば、サンドラがそんなことを言っていた気がする。
「そ♪簡易結界を展開してる“もの”が、この寮内のどこかにあるはず♪それを破壊すれば、外へ助けを呼べるってわけ♪」
「展開してるものって……どんな形してんの?」
私は両手で四角や丸を作りながら、サンドラへ見せた。
「さぁ?私も知らないよ♪」
サンドラは肩をすきめる。
「簡易結界を扱えるのは、“特級魔術師”だけなんだから♪」
「え?そうなの?」
私は周囲を見渡した。
「ならさ……もう特級魔術師が、私たちを助けに来てるってことでしょ?」
サンドラは、笑顔のまま黙り込んだ。
「……とにかく♪」
少し間を置いて、また笑う。
「その“もの”を探し出して、壊すのが次のお仕事♪」
サンドラは廊下の奥へ目を向けた。
「まぁ、そろそろ先に散ったみんなが見つけてくれる頃だと思うけど♪」
そう言って、私へ小さく目配せした。




