第3話『記憶の断片、涙の先に』
屋上の風は、まだ少し冷たかった。
桜の花びらが二人の間を舞う。
「……ねぇ、さくやさん」
陽菜が小さく声をかける。
「……ん?」
「私、思い出せないことが多すぎて……怖いです」
「……怖い?」
「はい……名前も、場所も、全部……欠けてしまってる気がして」
「……僕も同じだ」
沈黙が二人を包む。
風の音だけが響く。
「でも……さくやさん」
「……ん?」
「さっきから、あなたといると……少し安心するんです」
「……僕もだ」
「……なんででしょうね」
「わからない。でも……僕ら、何かで繋がってる気がする」
陽菜は小さく笑う。
「……そうかもしれませんね」
二人の距離は少しずつ近づく。
風が髪を揺らし、桜の花びらが肩に落ちる。
「……さくやさん」
「……うん」
「私、忘れてしまったはずのことが……あなたといると少しだけ蘇る気がするんです」
「……そうか」
「……でも、怖いです。思い出したくないこともあるかもしれない」
「……それでも、僕は君と一緒にいたい」
「……さくやさん……」
陽菜の目が潤む。
「忘れたものが戻るかどうかなんて、まだわからない」
「……はい」
「でも、今のこの時間は、確かに僕たちのものだ」
陽菜はそっと手を握る。
「……さくやさん、ありがとう」
「……僕の方こそ」
沈黙の中、二人の心が少しずつ重なっていく。
桜の花びらが光を受けて輝き、二人の未来を優しく照らすようだった。
「……さくやさん」
「……ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
「……もちろんだ、ひな」
陽菜は涙をこらえ、微笑む。
「……うん」
「……今日から、私たちの物語が始まるんですね」
「……ああ」
風は強いけれど、二人の心は温かく、希望で満たされていた。
そして、二人の名前――さくやとひな――は、確かに世界に刻まれた。




