第2話『思い出の欠片、風に舞う』
屋上。
風がまだ強く、桜の花びらを空に舞わせている。
「……ねぇ、さくやさん」
陽菜がそっと手を差し伸べる。
「まだ……少し怖いです」
「……怖い?」
問い返す自分の声が、少し震えている。
「……うん」
陽菜の瞳が揺れる。
「何か、大事なものを失くしたような、胸がざわつくような」
「……僕も、そうだ」
自然と口をつく。
「名前も、思い出も、全部欠けてるのに」
「……さくやさんも……全部覚えてないの?」
少し首を傾げる陽菜。
「覚えてるのは、ひな……あなたの名前だけ」
「……」
「それで、胸が苦しい」
陽菜は小さく息を吐き、風になびく髪を撫でる。
「……不思議ですね」
「……不思議?」
「名前を聞いただけなのに、何か全部が繋がった気がするんです」
「……僕もだ」
「……あの……さくやさん」
「……はい」
「私、少し……怖いです」
「怖い?」
「……覚えてない自分が、怖い」
「大丈夫、僕も一緒だから」
自然と手を伸ばす。
二人の指先がかすかに触れた瞬間、風が少し和らぐ気がした。
「……ありがとう」
「……こちらこそ」
沈黙が、少し続く。
風だけが二人の間を揺らす。
「……さくやさん」
「……うん」
「思い出って、戻るんでしょうか?」
「……わからない」
正直な声を返す。
「でも……君と会えた今、この瞬間は、僕の記憶の一部になる」
陽菜は微かに笑った。
「……そうですね、さくやさん」
桜の花びらが二人の間に舞う。
その静かな美しさに、胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ひな」
「……はい?」
「……一緒に、探そう。忘れたことも、失くした気持ちも」
「……はい、さくやさん」
頷いた陽菜の瞳に、希望の光が差す。
「……でも、怖いこともあると思う」
「……うん、怖いと思う」
「それでも、僕らは進む」
「……はい」
二人は、屋上の風に立ちながら、未来に向かって小さく誓うように目を合わせた。
「……さくやさん」
「……うん」
「今日、ここで……出会えてよかった」
「僕も、ひな」
――その瞬間、世界が少しだけ柔らかく、温かく感じられた。
桜の花びらは舞い続け、二人の心に小さな希望の種を落としていく。




