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『君を忘れても、また好きになる』  作者: 優貴(Yukky)


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第1章「音なき朝、記憶の欠片」 第1話 『知らない名前、胸を締め付ける』

朝。

音が、しなかった。

目覚ましの音も。

外の車の音も。

何も聞こえない気がした。

「……」

ゆっくり目を開ける。

天井。

見慣れたはずの景色。

でも――胸の奥に、ぽっかり穴が空いていた。

(……何か、大事なものを)

(失くした気がする)

理由は分からない。

でも、確実に。

「……なんだよ」

声が、やけに空虚に響く。

枕元にスマホ。

震えている。

ブーッ……ブーッ……

画面を見る。

そこには【陽菜】と表示されていた。

「……誰だよ」

知らない名前。

でも胸が、強く締め付けられる。

「……っ」

苦しい。理由もなく。

「……なんで」

震える指で通話ボタンを押す。

プルルル……プルルル……

長い呼び出し音。

やがて。

『……もしもし』

「……っ!」

心臓が、跳ねる。

声が出ない。

喉が締まる。

「……誰ですか?」

その一言で、全部、分かった。

「……」

言葉が、出てこない。

「……もしもし?」

不安そうな声。

「……あ」

やっと声が出る。

「……間違えました」

――切った。

ツー……ツー……

静寂。

「……はは」

乾いた笑いが漏れる。

「……なんだよ、それ」

頭を抱える。

「なんで……こんなに苦しいんだよ」

理由も分からないのに、足が勝手に動いていた。

気づけば学校へ向かっていた。

(……なんで行ってるんだ)

分からない。

でも、

「……行かなきゃ」

そんな気がした。

屋上。

ドアを開ける。

ギィ……――

風。

強い風。

フェンスが、ガタガタと鳴る。

そして、いた。

一人の少女。

風に髪を揺らしながら。

「……」

見たことある気がする。

でも分からない。

「……あの」

声をかける。

少女が振り向く。

目が合う。

「……」

無言。

でも胸が、痛い。

「……誰ですか?」

少女が先に言った。

その言葉が、なぜか悲しくて。

「……あの」

少女が少し困ったように言う。

「ここ、危ないですよ」

「……」

「風、強いし」

「……」

「落ちたら……」

言いかけて止まる。

「……怖いですね」

「……」

「なんでか分からないけど」

小さく呟く。

「ここにいると、胸が苦しいんです」

「……」

「悲しいっていうか、何か大事なものを失くした気がして」

――息が止まる。

「……」

「でも、思い出せない」

「……」

「何も」

風が強く吹く。

髪が揺れる。

「……ねぇ」

「……」

「あなたも、そうですか?」

その問いに、なぜか。

「……ああ」

答えていた。

「……同じだ」

「……そっか」

少しだけ笑う。

「なんか、安心しました」

「……」

沈黙。

風の音だけ。

「……なぁ」

自然と、言葉が出る。

「……何ですか?」

「……」

分からない。

でも、言わなきゃいけない気がした。

「……名前」

「……え?」

「……教えてくれ」

少女は少し考え、そして。

「……分からないんです」

小さく笑う。

「自分の名前、全部忘れちゃって」

「……」

「だから、もしよかったら、あなたが呼んでください」

――その一言で、心臓が止まりそうになった。

「……」

頭の奥で、何かが弾ける。

記憶の欠片。

声。

笑顔。

涙。

「……っ」

「……?」

少女が、不思議そうに見る。

「どうしました?」

「……」

息が荒くなる。

「……なぁ」

「……はい」

「……ひな」

――その名前が、自然とこぼれた。

「……え?」

少女の目が揺れる。

「……ひな?」

「……」

「それが、私の名前……?」

「……」

分からない。

でも、

「……そうだ」

そう言うしかなかった。

少女――陽菜は、じっとこちらを見る。

そして、

「……変ですね」

小さく笑う。

「初めて聞いたはずなのに、なんかしっくりくる」

「……ありがとう」

「……名前、くれて」

その言葉で、完全に、壊れた。

「……ねぇ」

「……あなたの名前は?」

「……」

止まる。分からない。

でも、

「……さくや」

自然と、口に出る。

「……さくや」

陽菜が繰り返す。

「……いい名前ですね」

笑う。

その笑顔が、どうしようもなく愛しくて、どうしようもなく遠い。

風が、優しく吹く。

桜の花びらが、舞う。

「……ねぇ、さくやさん」

「……」

「また、会えますか?」

その問いに、少しだけ笑う。

「……ああ」

「……ほんとに?」

「……何回でも」

「……初めましてからでも」

陽菜は、少し目を潤ませて、

「……うん」

小さく頷いた。

(たとえ、全部忘れても)

(たとえ、何も残らなくても)

それでも、

「……またな、陽菜」

「……またね、朔夜さん」

その約束だけが、世界に残った。

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