第2話『知らない距離』
春――大学二日目。
キャンパス。
人の流れ。
ざわめき。
「……おはようございます」
「……陽菜、おはよう」
自然に並ぶ。
でも――
どこか昨日とは違う空気。
「……昨日、大丈夫でしたか?」
「……まぁな」
「……迷いませんでした?」
「……ちょっと迷った」
「……やっぱり」
少し笑う。
でも――
(なんか、ぎこちない)
講義室。
「……ここ、座りますか」
「……ああ」
並んで座る。
でも――
前の席から声がする。
「ねぇ、さくやくん」
「……」
「……あ」
昨日の女子。
「……また会ったね」
「……ああ」
「……隣、いい?」
一瞬、空気が止まる。
「……」
陽菜の視線が、少しだけ下に落ちる。
「……どうぞ」
さくやが、あっさり答える。
「……ありがとう!」
女子が、嬉しそうに座る。
(……そうなんだ)
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……陽菜」
「……はい」
「……ノート、大丈夫か」
「……大丈夫です」
少しだけ短く答える。
講義中。
先生の声。
でも――
(近い)
(距離が)
さくやと、その女子。
(楽しそうに話してる)
小さな笑い声。
(……なんで)
ペンを持つ手が、少しだけ止まる。
講義終了。
「……陽菜」
「……はい」
「……次、どうする?」
「……図書館行きます」
即答。
「……あ、そうなんだ」
女子が、少し驚いたように言う。
「……」
「……じゃあさくやくん、一緒に食堂行かない?」
「……」
一瞬の沈黙。
「……どうする?」
さくやが、陽菜を見る。
(……どうする?じゃない)
(決めてほしい)
胸の奥で、そんな声がする。
「……行ってきてください」
小さく言う。
「……陽菜」
「……大丈夫です」
笑う。
でも――
(全然、大丈夫じゃない)
「……じゃあ、また後でな」
「……はい」
背中が遠ざかる。
「……」
その場に、立ち尽くす。
(なんで)
(こんなに、寂しいの)
図書館。
静かな空間。
「……」
本を開く。
でも――
(頭に入らない)
(さっきの顔)
(楽しそうだった)
「……」
小さくため息。
スマホを見る。
連絡はない。
(……そりゃそうか)
「……」
目を閉じる。
(私、何してるんだろ)
(同じ場所にいるのに)
(なんで、こんなに遠いの)
夕方――
「……陽菜」
「……っ」
振り向く。
「……さくやさん」
「……ここにいたのか」
「……はい」
「……連絡しようと思ったんだけど」
「……大丈夫です」
少しだけ早く言う。
「……陽菜」
「……はい」
「……なんかあったか」
(言えない)
(言ったら、重いって思われる)
「……何もないです」
「……嘘つけ」
「……」
「……顔に出てる」
沈黙。
「……さくやさん」
「……ん?」
「……楽しかったですか」
「……何が」
「……さっきの」
その言葉。
「……」
「……普通だろ」
その一言。
「……」
胸が、少しだけ痛む。
「……そうですよね」
「……陽菜」
「……私」
声が、少しだけ震える。
「……ちょっとだけ、嫌でした」
「……」
「……近くで楽しそうにしてるの」
「……」
「……わかってます」
「……?」
「……大学だから」
「……」
「……新しい人、増えるの」
「……」
「……でも」
「……?」
「……少しだけ」
「……寂しかったです」
沈黙。
風の音。
「……陽菜」
「……はい」
「……それ、言えよ」
「……え?」
「……溜めるな」
その言葉。
「……でも」
「……重いって思われるかもって思いました」
「……」
「……思うわけないだろ」
少しだけ強い声。
「……」
「……陽菜」
「……はい」
「……俺が誰といると思ってる」
「……」
「……陽菜だろ」
その一言。
涙が、にじむ。
「……でも」
「……?」
「……不安になるんです」
「……」
「……同じ場所にいるのに」
「……」
「……離れてる気がして」
沈黙。
次の瞬間。
ぎゅっと、手を握られる。
「……っ」
「……ここにいる」
その一言。
「……」
「……離れてない」
「……」
「……ちゃんと見ろ」
「……?」
「……俺は、陽菜見てる」
胸が、強く鳴る。
「……はい」
「……だから」
「……?」
「……変なとこで遠慮するな」
少しだけ優しく言う。
「……はい」
「……ちゃんと言います」
「……ああ」
少しだけ、距離が戻る。
でも――
(これで終わりじゃない)
(きっと、これからも揺れる)
それでも――
(ちゃんと、向き合う)
それが、
“同じ場所で続く恋”。




