第19話『卒業式の前夜』
夜――部屋。
机の上。
積み重なった参考書。
使い切ったノート。
少しだけ角が折れた問題集。
「……」
そっと手を伸ばす。
ページをめくる。
(……いっぱい書いたな)
自分の字。
途中で雑になってるところ。
焦ってる跡。
泣いた後のにじみ。
「……終わるんだ」
小さく呟く。
スマホが震える。
《明日、卒業式だな》
「……はい」
少し笑って、返信する。
《早いですね》
すぐに既読がつく。
《ほんとな》
「……」
少しだけ、画面を見つめる。
(あの屋上も)
(教室も)
(全部、最後になる)
《寂しいです》
送る。
少し間があって。
《俺も》
短い言葉。
でも――
ちゃんと伝わる。
「……さくやさん」
小さく呟く。
《明日、来ますか?》
送信。
数秒後。
《行く》
思わず、少し笑う。
《ちゃんと見届ける》
「……」
胸が、じんわり温かくなる。
少しだけ、ベッドに座る。
天井を見上げる。
(いろんなこと、あったな)
初めて話した日。
ぎこちない距離。
少しずつ縮まっていく時間。
(屋上で)
(何回も話して)
(何回も迷って)
(それでも)
「……好きになった」
小さく、声に出す。
スマホを見る。
(……会いたいな)
でも――
(明日、会える)
ピコン。
《起きてるか》
「……はい」
すぐに返す。
《ちょっと電話いい?》
「……はい」
通話。
「……もしもし」
「……陽菜」
その声。
「……はい」
「……何してた」
「……ちょっと、思い出見てました」
「……そっか」
少しの沈黙。
「……陽菜」
「……はい」
「……卒業か」
「……はい」
「……実感ある?」
「……少しだけ」
正直に答える。
「……でも」
「……?」
「……まだ、途中な気がします」
その言葉。
「……ああ」
さくやが、静かに頷く。
「……終わりじゃないもんな」
「……はい」
「……陽菜」
「……はい」
「……ここまで、よく頑張ったな」
その一言。
胸が、ぎゅっとなる。
「……さくやさんがいたからです」
「……違う」
すぐに返ってくる。
「……陽菜が頑張ったからだろ」
「……」
少しだけ笑う。
「……でも」
「……?」
「……支えてもらいました」
「……」
「……いっぱい」
沈黙。
でも――
優しい沈黙。
「……なぁ、陽菜」
「……はい」
「……明日さ」
「……はい」
「……泣くなよ」
「……無理です」
即答。
「……だよな」
少し笑う声。
「……陽菜」
「……はい」
「……卒業しても」
一瞬、言葉を探すような間。
「……変わらないからな」
その一言。
「……はい」
「……同じ大学で」
「……はい」
「……また、ちゃんと始めよう」
胸が、強く鳴る。
「……はい」
「……陽菜」
「……はい」
「……好きだよ」
「……私も」
「……好きです」
通話が、終わる。
静かな部屋。
でも――
心は、静かじゃない。
「……」
カーテンを開ける。
夜空。
星が、少しだけ見える。
(終わる)
(でも)
(始まる)
制服を見る。
明日で、最後。
「……ありがとう」
小さく呟く。
ベッドに横になる。
目を閉じる。
(明日)
(全部、終わって)
(全部、始まる)
(その先に)
(さくやさんがいる)
それだけで。
「……大丈夫」
静かに、眠りにつく。
それは――
“過去を終えて、未来へ進む夜”。




