第8話『もう一度、好きになる』
放課後――図書室。
静かな空間。
ページをめくる音だけが響く。
「……」
ペンを動かしながらも、どこか集中できない。
(なんか……落ち着くな)
最近、ここに来ることが増えた。
静かで。
誰もいなくて。
考えなくていい場所。
「……ひな?」
「……っ」
その声で、すべてが止まる。
ゆっくり顔を上げる。
「……さくやさん」
そこにいた。
「……偶然だな」
「……はい」
ぎこちない笑顔。
でも――
前みたいな苦しさは、少しだけ薄れている。
「……隣、いい?」
「……どうぞ」
自然に言えた。
そのことに、自分でも少し驚く。
沈黙。
ページをめくる音。
でも――
隣にいるだけで、少しだけ落ち着く。
(なんで……)
(こんなに、安心するの)
「……ひな」
「……はい」
「……最近、よく来てる?」
「……はい」
「……静かで、落ち着くので」
「……そっか」
少しだけ笑う。
その横顔を見て――
胸が、少しだけ揺れる。
(……あ)
(今……)
小さな違和感。
「……さくやさんは?」
「……たまに」
「……そうなんですね」
それだけの会話。
でも――
前とは違う。
変に気を遣わない。
無理に話さない。
それが、逆に心地いい。
しばらくして。
「……ひな」
「……はい」
「……ちょっと、外出ない?」
「……え?」
「……気分転換」
少しだけ笑う。
「……はい」
自然に頷いていた。
校舎裏。
夕焼け。
静かな風。
「……懐かしいな」
「……ですね」
少しだけ笑う。
「……こうやって、話すの」
「……はい」
沈黙。
でも――
嫌じゃない。
「……ひな」
「……はい」
「……変わったな」
「……え?」
「……前より、落ち着いてる」
「……そうですか?」
「……うん」
少しだけ頷く。
「……ひな、強くなった」
その言葉に、少しだけ照れる。
「……そんなことないです」
「……ある」
「……」
「……ちゃんと前に進んでる顔してる」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
「……さくやさんも」
「……ん?」
「……前より、優しいです」
「……前は優しくなかった?」
「……今のほうが、柔らかいです」
少しだけ笑う。
「……そっか」
照れたように目を逸らす。
風が吹く。
夕焼けが、二人を包む。
「……ひな」
「……はい」
「……今、幸せ?」
突然の問い。
「……」
少しだけ考える。
「……はい」
ゆっくり答える。
「……ちゃんと、前に進めてる気がするので」
「……そっか」
その声が、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「……さくやさんは?」
「……」
一瞬、間が空く。
「……まあまあ」
曖昧な返事。
「……ほんとに?」
思わず聞いてしまう。
「……」
少しだけ、視線を逸らす。
「……ひな」
「……はい」
「……正直に言うと」
空気が、少し変わる。
「……忘れられてない」
その一言。
心臓が、大きく鳴る。
「……え?」
「……ひなのこと」
「……」
「……ちゃんと、忘れようと思った」
「……」
「……でも」
少しだけ笑う。
「……無理だった」
その言葉に、胸が揺れる。
「……」
「……ひなは?」
その問い。
逃げられない。
「……」
「……少しは、忘れられました」
正直に言う。
「……」
「……でも」
続ける。
「……完全には、無理でした」
その瞬間。
風が止まる。
「……」
「……やっぱり」
小さく笑う。
「……同じだな」
「……」
沈黙。
でも――
この沈黙は、どこか優しい。
「……ねぇ、ひな」
「……はい」
「……もしさ」
少しだけ迷って――
「……もう一回、やり直せるなら」
「……」
「……どうする?」
その問い。
心臓が、速くなる。
「……」
すぐには答えられない。
(また……)
(同じことになるかもしれない)
(でも……)
「……怖いです」
正直に言う。
「……」
「……また、傷つくかもしれないから」
「……うん」
「……でも」
顔を上げる。
「……それでも」
その言葉を、ちゃんと選ぶ。
「……もう一度、好きになってもいいって思いました」
その瞬間。
さくやの目が、揺れる。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……俺も」
一歩、近づく。
「……もう一度、好きになってる」
その言葉。
胸が、強く締め付けられる。
「……」
距離が、少しだけ近い。
でも――
前とは違う。
焦らない。
急がない。
「……どうする?」
さくやが小さく聞く。
「……」
少しだけ、笑う。
「……すぐには、戻りません」
「……」
「……ちゃんと、考えたいです」
「……そっか」
「……でも」
手を、そっと伸ばす。
「……また、隣にいてもいいですか」
その言葉。
「……」
さくやが、ゆっくり頷く。
「……いいよ」
そのまま――
指先が、少しだけ触れる。
ぎゅっと握らない。
ただ、触れるだけ。
それでも――
温もりは、確かにあった。
(忘れたはずなのに)
(また、好きになってる)
夕焼けの中。
二人の距離は、ゆっくりと縮まっていく。
それは――
“もう一度、始まる恋”だった。




