第4話『触れられない距離』
数日後――教室。
「……ひな、大丈夫?」
「……え?」
「最近さ、元気なくない?」
「……そんなことないよ」
笑う。
でも、その笑顔は少しだけぎこちない。
「……ほんとに?」
「……うん」
短い返事。
(ほんとは……)
(全然、大丈夫じゃない)
スマホを見る。
通知は――ない。
(……連絡、こない)
あの日から。
一度も。
(……私から送ればいいのに)
そう思う。
でも――
(なんて送ればいいの)
言葉が、浮かばない。
昼休み――廊下。
遠くに、さくやの姿。
友達と話している。
笑っている。
(……普通に、笑ってる)
胸が、少し痛む。
(……私と話してた時は)
(あんな顔、してたかな)
足が止まる。
声をかけようとして――
やめる。
(……今、話しかけたら)
(また、うまく話せない)
そのまま、背を向ける。
放課後――
屋上には、行かなかった。
夜――部屋。
スマホの画面。
トーク画面。
最後のやり取り。
《おやすみ》
そのまま、止まっている。
(……こんなに簡単に)
(終わるわけないよね)
指が、震える。
メッセージ入力欄。
「……」
何度も打って、消す。
《ごめんなさい》
消す。
《今日、話せる?》
消す。
《会いたいです》
――止まる。
(……重いかな)
また消す。
「……はぁ」
深くため息。
(どうしたらいいの……)
翌日――屋上。
珍しく、先にいたのは――さくやだった。
「……」
気づかないふりをして、戻ろうとする。
「……ひな」
呼ばれる。
足が止まる。
「……」
振り向く。
「……さくやさん」
少しだけ、ぎこちない声。
「……来てくれた」
「……たまたまです」
嘘。
「……そっか」
短い返事。
沈黙。
風が吹く。
冷たい風。
「……元気?」
さくやが聞く。
「……はい」
「……そっか」
それだけ。
会話が、続かない。
(……何話せばいいの)
(前は、こんなことなかったのに)
「……ひな」
「……はい」
「……この前は、ごめん」
また、その言葉。
「……」
「……言いすぎた」
「……いえ」
首を振る。
「……私も」
「……え?」
「……ちゃんと、言えなくて」
「……」
「……ごめんなさい」
小さく頭を下げる。
沈黙。
「……ひな」
「……はい」
「……今も、無理してる?」
その言葉。
また、それ。
「……してません」
でも――
少しだけ弱い声。
「……」
「……でも」
自分から続ける。
「……前より、わからなくなってます」
「……え?」
「……どう話せばいいか」
正直な気持ち。
「……」
「……前みたいに、できなくて」
声が、少し震える。
「……ひな」
「……はい」
「……俺も」
ぽつりと、言う。
「……え?」
「……同じ」
その言葉に、少し驚く。
「……どう接すればいいか」
「……」
「……考えすぎて」
苦笑い。
「……うまく話せない」
「……」
胸が、ぎゅっとなる。
(同じだったんだ……)
「……ねぇ」
陽菜が小さく言う。
「……はい」
「……戻れますか」
その一言。
空気が止まる。
「……前みたいに」
震える声。
「……」
さくやが、少しだけ目を伏せる。
「……戻りたい」
静かな声。
「……」
「……でも」
続ける。
「……同じままじゃ、また同じことになる」
その言葉に、何も言えなくなる。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……少し、時間ほしい」
その一言。
心臓が、止まりそうになる。
「……え?」
「……ちゃんと考えたい」
「……」
「……このまま中途半端で続けるの、嫌なんだ」
静かな、でも強い言葉。
「……」
「……ひなと、ちゃんと向き合いたいから」
「……」
その言葉は、優しいはずなのに。
どうしてか、苦しい。
「……それって」
やっと出た声。
「……距離、置くってことですか」
「……」
一瞬の沈黙。
「……少しだけ」
その答え。
「……」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……どのくらいですか」
「……わからない」
「……」
「……でも」
少しだけ近づく。
「……逃げるわけじゃない」
「……」
「……ちゃんと戻るための時間」
その言葉に、涙がにじむ。
「……」
(信じたい)
(でも、怖い)
「……ひな」
「……はい」
「……待っててほしい」
その一言。
「……」
すぐには答えられない。
(待つって……)
(どれくらい?)
(本当に戻ってくるの?)
でも――
「……はい」
小さく頷く。
「……待ちます」
声は、震えていた。
その日から。
二人は――
“会わない関係”になった。
夜。
スマホは、静かなまま。
屋上も、行かなくなった。
隣にいたはずの人が――
こんなにも遠くなるなんて。
(好きなのに)
(まだ、好きなのに)
それでも。
手は、もう繋がれていなかった。
それが――
二人の“触れられない距離”だった。




