第3話『言葉が届かない日』
放課後――屋上。
空は、少し曇っていた。
「……ひな」
「……さくやさん」
向かい合う。
でも――
距離が、ある。
見えない壁みたいなものが。
「……昨日」
さくやが口を開く。
「……ごめん」
「……え?」
「返信、できなくて」
「……あ、いえ……」
また、それ。
「……大丈夫です」
自然に出た言葉。
でも――
「……それ、本音?」
「……え?」
「……“大丈夫”って、本気で思ってる?」
その問いに、言葉が詰まる。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……無理してない?」
また、その言葉。
「……してません」
少しだけ強く言う。
「……してる」
「……してないです」
「……してるって」
空気が、少しずつ張り詰めていく。
(なんで……)
(どうして、こうなるの……)
「……ひな」
「……はい」
「……なんで、隠すの」
その一言。
「……隠してないです」
「……隠してる」
即答。
「……」
「……寂しかったんだろ」
「……」
「……不安だったんだろ」
「……」
「……なのに、なんで言わないの」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「……言いました」
やっと出た言葉。
「……昨日」
「……」
「……ちゃんと、言いました」
少しだけ震える声。
「……」
さくやが黙る。
「……でも」
その沈黙が、苦しい。
「……それで終わり?」
「……え?」
「……“寂しかったです”って言って」
「……」
「……それだけで、終わり?」
意味が、わからない。
「……それ以上、何もないの?」
「……」
「……怒ってもいいのに」
その言葉に、心が揺れる。
「……怒るって……」
「……俺に」
「……」
「……なんで怒らないの」
その問いに、言葉が出ない。
(怒っていいの……?)
(そんなことしたら……)
「……嫌われるかもしれない」
ぽつりとこぼれる。
「……っ」
さくやの表情が変わる。
「……なんで、そうなるんだよ」
少しだけ声が強くなる。
「……だって……」
「……俺、そんなに信用ない?」
その言葉に、胸が痛む。
「……違います」
「……じゃあなんで」
「……」
言葉が出ない。
(怖いから)
(失いたくないから)
でも、それを言葉にできない。
「……ひな」
「……はい」
「……それじゃ、伝わらない」
静かな声。
でも、重い。
「……」
「……俺さ」
少しだけ間を置く。
「……ちゃんと向き合いたい」
「……」
「……ひなとも、この関係とも」
「……はい」
「……でも」
顔を上げる。
「……ひなが隠すなら、無理だ」
その一言。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……隠してないです」
もう一度言う。
「……してる」
「……してないです!」
思わず声が大きくなる。
沈黙。
空気が、一気に冷える。
「……ひな」
「……はい」
「……なんでそんなに、否定するの」
「……」
「……自分の気持ち」
その言葉に、涙がにじむ。
「……否定してないです」
「……してる」
「……してないって言ってるじゃないですか!」
声が震える。
「……」
「……なんで、わかってくれないんですか」
ぽつりとこぼれる。
「……」
「……ちゃんと、言ってるのに」
「……」
「……なんで、そんな言い方するんですか」
その言葉に、さくやの表情が揺れる。
「……そんな言い方って?」
「……」
言葉が詰まる。
「……責めてるみたいで」
やっと出た言葉。
「……っ」
空気が止まる。
「……責めてない」
「……責めてます」
「……責めてない」
「……責めてます!」
感情が、ぶつかる。
「……ひな」
「……なんですか」
「……落ち着け」
「……無理です」
即答。
「……無理です」
もう一度言う。
「……」
「……さくやさんは、いいですよね」
思わず出た言葉。
「……え?」
「……ちゃんと気持ち言えるし」
「……」
「……強いし」
「……」
「……私は違うんです」
涙がこぼれる。
「……うまく言えないし」
「……」
「……怖いし」
「……」
「……それでも、頑張ってるのに」
声が震える。
「……なんで、そんな言い方するんですか」
沈黙。
重たい沈黙。
「……」
さくやが、ゆっくり口を開く。
「……ごめん」
「……」
「……言いすぎた」
その言葉。
でも――
「……そういう問題じゃないです」
小さく言う。
「……え?」
「……謝ってほしいわけじゃないです」
「……」
「……わかってほしいだけです」
その一言。
「……」
「……私なりに」
涙を拭く。
「……ちゃんと、好きでいるって」
「……」
「……伝えてるつもりです」
静かな言葉。
でも、強い。
「……ひな」
「……はい」
「……俺も、好きだよ」
その言葉。
でも――
「……でも、それだけじゃ足りない」
続ける。
「……」
「……ちゃんと、ぶつかってほしい」
「……」
「……遠慮しないでほしい」
「……」
「……それがないと」
一瞬、言葉が止まる。
「……怖い」
その一言に、陽菜が顔を上げる。
「……え?」
「……本当に繋がってるのか、わからなくなる」
その言葉が、胸に刺さる。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……もう少し、俺を頼って」
その言葉に――
涙が、またこぼれる。
「……難しいです」
正直な答え。
「……」
「……でも」
少しだけ顔を上げる。
「……頑張ります」
小さな声。
でも――
「……でも」
続ける。
「……今すぐは、無理です」
沈黙。
風が吹く。
冷たい風。
「……そっか」
さくやが小さく頷く。
その距離が、少しだけ遠い。
「……ひな」
「……はい」
「……今日は、帰ろうか」
「……」
「……少し、頭冷やしたほうがいい」
その言葉に、胸が痛む。
「……はい」
小さく頷く。
帰り道。
並んで歩く。
でも――
手は、繋がれていなかった。
(どうして)
(こんなことになったの)
言葉は、ちゃんとあったのに。
想いも、ちゃんとあったのに。
それでも。
届かないものがある。
それが――
二人の“すれ違い”だった。




