第2話『既読の向こう側』
夜――自分の部屋。
スマホの画面が、やけに明るく感じる。
《おやすみ》
短いメッセージを送る。
既読は――すぐについた。
でも。
(……返信、こない)
時計を見る。
5分。
10分。
(忙しいのかな……)
そう思おうとする。
でも――
(前は、すぐ返してくれたのに)
胸の奥が、じわっと苦しくなる。
画面を閉じて、また開く。
既読のまま。
何も変わらない。
(……なんでこんなに気になるの……)
ベッドに倒れ込む。
「……はぁ」
小さくため息。
(こんなことで、不安になるなんて……)
でも――
(不安になる)
それが、消えない。
翌朝――教室。
「……ひな、おはよ」
「……おはよう」
少しだけ眠そうな声。
「寝不足?」
「……ちょっとだけ」
苦笑い。
「彼氏と電話でもしてた?」
「……してないよ」
「えー意外」
「……忙しいみたいで」
ぽつりとこぼす。
「そっかー」
軽い返事。
でも、その一言で――
(忙しい、で片付けていいのかな……)
また、考えてしまう。
昼休み――屋上。
「……ひな」
「……さくやさん」
いつもの場所。
でも、少しだけ空気が違う。
「……昨日、ごめん」
開口一番。
「……え?」
「返信、遅くなった」
「……あ、いえ……」
首を振る。
「……大丈夫です」
「……ほんとに?」
「……はい」
嘘。
でも、言えない。
「……課題やっててさ」
「……あ、そうなんですね」
「……気づいたら寝てた」
「……」
「……ごめん」
「……謝らなくていいです」
慌てて言う。
「……ほんとに、大丈夫なので」
でも――
(ほんとは……ちょっと寂しかった)
言えない。
「……ひな」
「……はい」
「……なんか、距離感じる」
ドクン。
心臓が強く鳴る。
「……え?」
「……前みたいに、話せてない気がする」
「……」
否定できない。
「……そう、ですか……?」
「……うん」
その一言が、刺さる。
「……私も」
小さく言う。
「……え?」
「……同じこと、思ってました」
その瞬間、空気が止まる。
「……なんでだろうな」
さくやが小さく呟く。
「……一緒にいるのに」
「……はい」
「……前より、ちゃんと話してるはずなのに」
「……」
「……なんで、こんなにズレるんだろ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「……ズレてる、んですかね……」
「……少しだけな」
正直な答え。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……俺さ」
少しだけ言いづらそうにする。
「……無理してない?」
「……え?」
「……俺に合わせてる感じする」
その一言。
「……そんなこと」
「……あるだろ」
遮られる。
「……」
言葉が詰まる。
「……ないって言えない顔してる」
図星。
「……」
「……ひな」
少しだけ優しい声。
「……無理して笑うの、やめて」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
「……してないです」
「……してる」
「……してないです」
少しだけ強く言う。
「……」
空気が、張り詰める。
(なんで……)
(こんな言い方……)
「……ひな」
「……はい」
「……怒ってる?」
「……怒ってないです」
即答。
でも――
「……怒ってるだろ」
「……怒ってません」
声が少しだけ強くなる。
「……」
沈黙。
「……なんで」
さくやが小さく呟く。
「……え?」
「……なんで、言ってくれないの」
その言葉に、心が揺れる。
「……何を、ですか」
「……本音」
ドクン。
「……」
「……寂しかったんだろ」
「……」
言えない。
言いたいのに。
「……言っていいんだよ」
「……」
「……俺、そんな頼りない?」
その言葉に、はっとする。
「……違います」
すぐに言う。
「……じゃあ、なんで」
「……」
言葉が出ない。
(言ったら……)
(重いって思われるかもしれない)
(めんどくさいって思われるかもしれない)
その考えが、邪魔をする。
「……ひな」
「……」
「……言って」
優しい声。
でも、それが苦しい。
「……寂しかったです」
やっと出た言葉。
小さくて、震えている。
「……」
「……昨日」
続ける。
「……返信、来なくて」
「……うん」
「……ちょっとだけ、不安になりました」
「……」
「……前は、すぐ返してくれてたから」
その瞬間――
さくやの表情が、少しだけ変わる。
「……そっか」
短い返事。
「……ごめん」
また謝る。
「……だから、謝らなくていいです」
少しだけ強く言う。
「……責めてるわけじゃないです」
「……」
「……ただ」
少しだけ間を置く。
「……寂しかっただけです」
静かな言葉。
でも、重い。
「……ひな」
「……はい」
「……それ、ちゃんと言って」
「……え?」
「……今みたいに」
その言葉に、少し驚く。
「……でも」
「……言わないと、わからない」
「……」
「……俺も、人間だから」
少しだけ苦笑い。
「……全部は気づけない」
「……」
「……だから」
手を、そっと握る。
「……ちゃんと、ぶつけて」
その温もりに、少しだけ心がほどける。
「……はい」
小さく頷く。
でも。
その“少しのズレ”は――
完全には消えていなかった。
帰り道。
「……じゃあ、また連絡する」
「……はい」
「……おやすみ」
「……おやすみなさい」
手を離す。
その瞬間。
ほんの少しだけ――
距離を感じた。
夜。
スマホの画面。
《今日はありがとう》
送る。
既読。
――でも。
(……また、止まった)
返信は、来ない。
(さっきまで、一緒にいたのに)
(どうして、こんなに遠いの)
小さなズレ。
でもそれは、確実に広がっていく。
(好きなのに)
(ちゃんと伝えたのに)
それでも、届かないものがある。
それが、二人の“距離”だった。




