第2章『離れても、消えない温もり』 第1話『届かなくなった声』
春の終わり――
少しだけ、風が冷たくなってきた。
「……ひな」
「……さくやさん」
屋上。
いつもの場所。
でも――
どこか、少しだけ違う空気。
「……最近、忙しい?」
「……あ、はい……ちょっとだけ」
少しだけ視線を逸らす。
「……そっか」
短い返事。
それだけなのに、胸がざわつく。
(なんで……)
(こんなに、遠く感じるの……)
「……さくやさんは?」
「……俺も」
「……」
会話が、続かない。
前までは――
沈黙すら心地よかったのに。
(どうして……)
(こんなに、苦しいの……)
風が吹く。
桜はもうほとんど散っていた。
季節が、変わっている。
「……ねぇ、ひな」
「……はい」
「……最近さ」
少しだけ、言いづらそうにする。
「……連絡、減ったよな」
心臓が、ドクンと鳴る。
「……っ」
「……忙しいのは分かってる」
「……」
「……でも」
一瞬、間が空く。
「……ちょっとだけ、寂しかった」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「……ごめんなさい」
すぐに出た言葉。
「……謝らせたいわけじゃない」
「……」
「……ただ」
視線が重なる。
「……前より、少し遠くなった気がして」
「……」
何も言えない。
(私も……)
(同じこと、思ってた……)
「……ひな?」
「……私もです」
やっと、言葉が出る。
「……え?」
「……遠いって……思ってました」
その瞬間、空気が少し揺れる。
「……なんでだろうな」
さくやが小さく笑う。
「……一緒にいるのに」
「……はい」
「……前より、会ってるはずなのに」
「……」
「……なんでこんなに、距離感じるんだろ」
その言葉が、胸に刺さる。
「……進路のこと、考えてるから……?」
陽菜がぽつりと呟く。
「……それもあるかもな」
「……」
「……未来のこと、考えるほど」
少しだけ遠くを見る。
「……今が不安になる」
静かな声。
「……」
「……ひな」
「……はい」
「……俺たちさ」
少しだけ迷って――
「……ちゃんと、向き合えてる?」
ドクン。
心臓が、大きく鳴る。
「……」
答えられない。
「……ひな?」
「……わからないです」
正直な答え。
「……」
「……頑張ってるつもりです」
「……うん」
「……でも」
手をぎゅっと握る。
「……怖いんです」
「……何が?」
「……さくやさんが、遠くなるのが」
その言葉に、さくやが少しだけ目を細める。
「……遠くならないよ」
すぐに言う。
でも――
「……でも、なるじゃないですか」
思わず言ってしまう。
「……」
「……物理的に」
「……」
「……それが、怖いんです」
声が震える。
「……ひな」
「……はい」
「……じゃあさ」
少しだけ近づく。
「どうしたらいい?」
その問い。
でも――
「……わからないです」
涙が、にじむ。
「……」
「……どうしたらいいか、わからないです」
そのまま、こぼれる。
「……好きなのに」
「……」
「……離れたくないのに」
「……」
「……どうしたらいいんですか」
声が、崩れる。
その瞬間――
ぎゅっと、抱き寄せられる。
「……っ」
「……ひな」
耳元で、優しい声。
「……俺もわかんない」
「……え?」
「……正解なんてない」
「……」
「……でも」
少しだけ強く抱きしめる。
「……一つだけ言える」
「……」
「……離したくない」
その言葉に、涙が溢れる。
「……私も……」
抱きつく。
「……離れたくないです……」
「……うん」
「……でも……」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
「……このままじゃ……」
「……」
「……ダメな気がするんです」
静かな言葉。
でも、重い。
「……どういう意味?」
「……」
少しだけ、息を吸う。
「……今のままだと」
「……」
「……いつか、すれ違う気がする」
その一言で、空気が止まる。
「……」
「……だから」
震える声。
「……ちゃんと、変わらないと」
「……」
「……私たち」
沈黙。
風が吹く。
冷たい風。
「……ひな」
「……はい」
「……変わるって、何を?」
「……」
答えに詰まる。
「……わからないです」
正直に言う。
「……でも」
「……」
「……このままじゃ、ダメな気がする」
その言葉が、二人の間に落ちる。
「……」
長い沈黙。
前とは違う。
少しだけ、重たい沈黙。
「……ひな」
「……はい」
「……怖いな」
ぽつりと、さくやが言う。
「……え?」
「……今の言葉」
少しだけ苦笑い。
「……別れる前の会話みたいだ」
「……っ」
心臓が止まりそうになる。
「……違います!」
すぐに否定する。
「……違います……」
「……」
「……別れたくないです」
強く言う。
「……絶対に」
その言葉に、さくやが少しだけ安心したように息を吐く。
「……よかった」
「……」
「……じゃあ」
少しだけ真剣な顔。
「……一緒に考えよう」
「……え?」
「……どうすればいいか」
手を、そっと握る。
「……二人で」
その温もりに、少しだけ心が落ち着く。
「……はい」
小さく頷く。
風が吹く。
少しだけ冷たい風。
季節が、変わっていく。
それと同じように――
二人の関係も、少しずつ変わっていく。
(好きなのに)
(近くにいるのに)
(どうして、こんなに遠いんだろう)
その答えは、まだ誰にもわからない。
でも――
探すことだけは、やめなかった。
それが、二人の恋の“続き”だった。




