第20話『離れる前に、近づく日』
日曜日――駅前。
待ち合わせの時間より、少しだけ早く来てしまった。
(……早すぎたかな)
時計を見る。
あと10分。
でも――
「……ひな」
「……っ」
振り向く。
「……さくやさん」
もう、来ていた。
「……同じこと思ってた?」
「……はい」
少しだけ笑い合う。
その空気が、どこか優しい。
「……今日、楽しみだな」
「……私もです」
でも――
その言葉の奥に、少しだけ影がある。
(この時間も、いつか……)
考えそうになって、やめる。
「……行こっか」
「……はい」
自然に、手が繋がれる。
前よりも、ずっと当たり前に。
街の中。
休日の人混み。
少しだけ騒がしいのに――
二人の間は、不思議と静かだった。
「……どこ行きたい?」
「……おまかせでもいいですか」
「いいよ」
「……じゃあ」
少し考える。
「……水族館、行きたいです」
「……水族館?」
「……ダメですか?」
「いや」
少しだけ笑う。
「ひならしいなって思って」
「……どういう意味ですか」
「なんとなく」
「……なんとなく、ですか」
少しだけむくれる。
「……じゃあ行こ」
「……はい」
水族館。
青い光。
ゆっくりと泳ぐ魚たち。
「……綺麗……」
思わず、声がこぼれる。
「……うん」
さくやも隣で見ている。
でも――
(魚じゃなくて……)
(私のこと、見てる……?)
少しだけ気になって、横を見る。
「……なに?」
目が合う。
「……なんでもないです」
慌てて逸らす。
「……怪しい」
「……違います」
でも――
「……さくやさん」
「ん?」
「……こういう時間」
少しだけ言葉を探す。
「……好きです」
静かに言う。
「……俺も」
その返事が、すごく自然で。
胸が、じんわり温かくなる。
大きな水槽の前。
ゆらゆらと光が揺れる。
その光が、二人を包む。
「……ねぇ、ひな」
「……はい」
「この前の話」
「……進路のこと、ですか」
「うん」
少しだけ、空気が変わる。
「……考えた?」
「……少しだけ」
「……どんな風に?」
「……まだ、決まってないです」
正直に言う。
「……でも」
少しだけ、視線を落とす。
「……一緒にいられる選択、考えちゃいます」
ぽつりとこぼれる本音。
「……」
さくやが黙る。
「……でも」
すぐに続ける。
「……それだけで決めるのは、違うって思ってます」
自分でも、ちゃんと分かっている。
「……ひな」
「……はい」
「それでいいと思う」
「……え?」
「無理に合わせなくていい」
その言葉に、少し驚く。
「……でも」
「……」
「……一緒にいたいです」
素直な気持ち。
「……俺も」
間を置かずに返ってくる。
「……でもな」
少しだけ、真面目な声。
「それだけで未来決めたら、後悔する」
「……」
「……だから」
手を、ぎゅっと握る。
「ちゃんと、自分で選べ」
その言葉が、胸に響く。
「……一緒にいるために、じゃなくて」
「……」
「一緒にいても、後悔しない選択を」
静かな強さ。
「……さくやさん」
「……ん?」
「……かっこよすぎます」
思わず言ってしまう。
「……今それ言う?」
「……今思ったので」
少し笑う。
でも、目は少し潤んでいた。
ベンチ。
少し休憩。
「……ひな」
「……はい」
「もしさ」
少しだけ遠くを見る。
「離れても」
「……」
「ちゃんと好きでいられる?」
胸が、強く鳴る。
「……」
すぐには答えられない。
(怖い)
(変わるかもしれない)
(遠くなるかもしれない)
でも――
「……わかりません」
正直に言う。
「……」
「……でも」
顔を上げる。
「……変わらないように、したいです」
その言葉に、さくやが少しだけ笑う。
「……それでいい」
「……」
「完璧じゃなくていい」
「……はい」
「ちゃんと悩めばいい」
その言葉が、すごく優しくて。
「……さくやさん」
「……ん?」
「……私」
少しだけ深呼吸する。
「……怖いです」
「……うん」
「……でも」
手を強く握る。
「……この時間があるなら」
少しだけ笑う。
「……頑張れます」
その瞬間。
さくやが、少しだけ近づく。
「……ひな」
「……はい」
「今日、来てよかった?」
「……はい」
迷いなく答える。
「……すごく」
「……俺も」
少しだけ距離が縮まる。
「……ねぇ」
「……はい」
「今だけでいいから」
静かな声。
「未来のこと、忘れよ」
「……」
一瞬、考える。
でも――
「……はい」
小さく頷く。
帰り道。
夕焼け。
オレンジ色の光。
「……綺麗」
「……うん」
手を繋いで歩く。
その影が、長く伸びる。
「……ねぇ、さくやさん」
「ん?」
「……今日のこと」
少しだけ笑う。
「……忘れません」
「……俺も」
「……たぶん」
少しだけ立ち止まる。
「……これから、もっと大変になりますよね」
「……なるな」
「……それでも」
手をぎゅっと握る。
「……この時間、思い出せば」
「……」
「……きっと、大丈夫です」
その言葉に、さくやが少しだけ目を細める。
「……ひな」
「……はい」
「いいこと言うな」
「……頑張りました」
少しだけ照れる。
風が吹く。
少しだけ冷たい風。
季節が、動き出している。
それでも――
繋いだ手は、温かいままだった。
(離れる未来があっても)
(今、この瞬間だけは――)
(ちゃんと、隣にいる)
それが、今の二人にできる
精一杯の“未来への約束”だった。




