第19話『同じ未来を見てる?』
放課後――教室。
「……進路希望、もう出した?」
「……え?」
突然の話題。
「ほら、これ」
机に配られたプリント。
“進路希望調査”
「……あ……」
胸が、少しざわつく。
「ひな、どこ行くの?」
「……まだ、決めてなくて……」
曖昧に答える。
「え〜意外」
「ひな、ちゃんとしてそうなのに」
「……ちゃんとしてないよ」
苦笑い。
でも――
(ちゃんと、考えなきゃ)
そう思った瞬間。
頭に浮かんだのは――
さくやの顔だった。
屋上。
「……進路?」
「……はい」
夕焼けの中。
いつもの場所。
でも今日は、少しだけ空気が違う。
「……もうそんな時期か」
さくやが空を見上げる。
「……さくやさんは、決まってるんですか」
「……一応」
その一言に、心臓が少し強く鳴る。
「……どこ、ですか」
「……県外」
「……え?」
思わず、聞き返す。
「……大学、そっち受けるつもり」
風が吹く。
でも、音が遠く感じた。
「……そう、なんですね」
声が、少しだけ硬くなる。
「……言ってなかったな」
「……はい」
沈黙。
(知らなかった……)
(私だけ……知らなかった……)
胸の奥が、じわっと痛む。
「……ひな?」
「……はい」
「どうした?」
「……なんでもないです」
嘘。
でも、うまく言葉にできない。
「……なんでもなくないだろ」
優しい声。
でも、逃げ場がない。
「……っ」
視線を逸らす。
「……ひな」
「……聞いてなかったです」
ぽつり、と漏れる。
「……え?」
「……進路のこと」
そのまま続ける。
「……大事なことなのに」
声が、少し震える。
「……ごめん」
すぐに謝る。
「……ちゃんと話すべきだった」
「……そうじゃなくて」
首を振る。
「……私が聞かなかったのも悪いです」
「……」
「……でも」
少しだけ間を置く。
「……ちょっとだけ、寂しかったです」
その言葉に、空気が止まる。
「……ひな」
「……はい」
「……一緒にいたいって思ってる」
突然の言葉。
「……え?」
「進路とか関係なく」
真っ直ぐな目。
「……ずっと」
その言葉が、逆に苦しい。
「……でも」
「……?」
「……離れるんですよね」
現実。
「……」
さくやが黙る。
それが、答えみたいだった。
「……やっぱり」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……怖いです」
「……うん」
「……今、こんなに近くにいるのに」
「……」
「……いつか、離れるのが決まってるって」
涙が、にじむ。
「……ひな」
「……それでも」
顔を上げる。
「……一緒にいたいって思っていいんですか」
弱い問い。
でも、本音。
「……いいに決まってる」
即答。
「……でも、不安は消えないだろ」
「……はい」
「……俺もだよ」
その言葉に、少し驚く。
「……え?」
「……離れるの、嫌だよ」
ぽつりと漏れる。
「……」
「でも」
続ける。
「やりたいこともある」
現実的な言葉。
「……」
「……だから」
一歩、近づく。
「逃げたくない」
「……」
「どっちも」
その言葉が、胸に刺さる。
「……ずるいです」
思わず、言ってしまう。
「……え?」
「……どっちもなんて……」
「……」
「……簡単じゃないです」
涙がこぼれる。
「……わかってる」
「……」
「だから、一緒に考えたい」
手を、そっと握る。
「……ひなと」
その温もりに、少しだけ心が落ち着く。
「……もし」
陽菜がゆっくり口を開く。
「……遠くなったら」
「……」
「……気持ち、変わりますか」
怖い質問。
でも、聞かずにはいられない。
「……変わらない」
迷いなく答える。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「……絶対?」
「絶対」
強い声。
「……でも」
少しだけ間を置く。
「……変わらないようにするのは、お互いだろ」
「……」
「俺だけじゃなくて」
その言葉に、はっとする。
「……ひなも、離さないで」
「……っ」
心臓が強く鳴る。
「……離しません」
涙を拭きながら言う。
「……絶対に」
「……じゃあ大丈夫だ」
少しだけ笑う。
「……そんな簡単じゃないです」
「……簡単じゃないよ」
でも――
「……だから、価値がある」
その言葉に、胸が熱くなる。
「……さくやさん」
「……ん?」
「……私」
深く息を吸う。
「……逃げません」
「……うん」
「……ちゃんと考えます」
進路も。
恋も。
「……一緒に」
「……ああ」
手を、強く握る。
「……ひな」
「……はい」
「離れるかもしれない未来より」
少しだけ近づく。
「今、隣にいる時間を大事にしたい」
その言葉に、涙がまたこぼれる。
「……はい」
頷く。
「……私も」
夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。
未来は、まだわからない。
不安も、消えない。
でも――
今、繋いだ手だけは確かだった。
同じ未来を見ているかは、まだわからない。
それでも。
同じ“今”を、大切にしたいと思えた。
それが、二人の答えだった。




