第17話『壊しに来る過去』
放課後――廊下。
「……ひな、今日一緒に帰ろ」
「……はい」
さくやの声に、少しだけ安心する。
でも――
(まだ、怖い……)
あの言葉が、頭から離れない。
『まだ引きずってるよ』
『壊れるよ、その関係』
「……ひな?」
「……あ、ごめんなさい」
「考え込んでた?」
「……少しだけ」
正直に答える。
「……あいつのこと?」
「……はい」
沈黙。
逃げない。
今回は、ちゃんと向き合う。
「……さくやさん」
「……うん」
「……聞いてもいいですか」
「いいよ」
迷いのない返事。
「……あの人のこと」
空気が、少しだけ張り詰める。
「……どこまで、本当なんですか」
まっすぐに見る。
逃げない目。
「……」
さくやは一瞬だけ目を閉じて――
「……本当のことも、ある」
正直だった。
「……」
「でも、全部じゃない」
「……全部、教えてください」
震えている。
でも、言い切る。
「……知りたいです」
その言葉に、さくやがゆっくり頷く。
「……あいつとは、長く付き合ってた」
「……はい」
「好きだった」
胸が、少し痛む。
でも、目を逸らさない。
「でも――」
「……」
「最後は、うまくいかなかった」
「……どうして」
「……俺が、ちゃんと向き合わなかったから」
その言葉に、陽菜の目が揺れる。
「……どういう意味ですか」
「……忙しいとか、言い訳して」
「……」
「気づいたら、距離ができてた」
「……」
「それで、あいつが離れた」
静かな告白。
「……未練、あるんですか」
一番聞きたかったこと。
「……ない」
即答だった。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
迷いのない目。
「……じゃあ、なんであんなこと……」
「……あいつは、たぶん」
少しだけ苦い顔。
「納得してないだけ」
「……」
「終わり方に」
その言葉に、少しだけ理解が追いつく。
「……だから、壊そうとしてる?」
「……かもな」
苦笑い。
「……でも」
手を、そっと握る。
「俺は戻らない」
その言葉に、胸が熱くなる。
「……ひな」
「……はい」
「怖い?」
「……怖いです」
正直に言う。
「でも――」
ぎゅっと手を握る。
「……逃げません」
その瞬間。
「……へぇ」
後ろから声。
「……っ!」
振り向く。
「……また会ったね」
元カノ。
壁にもたれながら、笑っている。
「……なんでいる」
さくやの声が低くなる。
「いいじゃん、別に」
ゆっくり近づいてくる。
「話してたんでしょ?私のこと」
「……関係ないだろ」
「関係あるでしょ」
陽菜の前で止まる。
「ねぇ」
顔を覗き込まれる。
「全部聞いた?」
「……」
「それで、まだ一緒にいられる?」
挑発。
明らかだった。
「……います」
はっきりと言う。
「……ふーん」
「……逃げません」
続ける。
「……さくやさんと、一緒にいます」
その言葉に、元カノの目が細くなる。
「……強いね」
でも、その笑みは冷たい。
「……でもさ」
一歩近づく。
「本当に耐えられる?」
「……」
「これから、もっと嫌なことあるよ?」
「……」
「周りも、私も」
その一言。
空気が凍る。
「……やめろ」
さくやが一歩前に出る。
「ひなに関わるな」
「なんで?」
笑う。
「まだ私のこと、ちゃんと終わらせてないくせに」
「……終わってる」
「終わってないよ」
即答。
「だって、こうして来たら無視できないでしょ?」
言い返せない一瞬。
「……ほらね」
「……違う」
さくやが強く言う。
「……俺が向き合う」
その言葉に、元カノが少しだけ驚く。
「……今さら?」
「今だからだ」
真っ直ぐな目。
「……ちゃんと終わらせる」
静かに、でも強く言う。
「……」
元カノの表情が揺れる。
「……じゃあさ」
ふっと笑う。
「証明してよ」
「……何を」
「もう戻らないってこと」
ゆっくりと、陽菜を見る。
「この子の前で」
空気が張り詰める。
「……どうすればいい」
さくやが問い返す。
「簡単だよ」
元カノが一歩下がる。
「ちゃんと選びなよ」
指差される。
「私か、その子か」
心臓が止まりそうになる。
「……そんなの」
さくやが、迷いなく言う。
「決まってる」
そのまま――
陽菜の手を、強く引き寄せる。
「……っ!」
体が引き寄せられる。
「……俺が選ぶのは」
一瞬の沈黙。
そして――
「ひなだ」
はっきりと、言い切る。
「……」
元カノが黙る。
「……過去じゃない」
続ける。
「今だ」
その言葉が、強く響く。
「……」
元カノの表情が、崩れる。
ほんの一瞬だけ。
「……そっか」
小さな声。
「……じゃあ、いいや」
背を向ける。
「……もう来ない」
そのまま歩き出す。
「……でも」
足を止める。
「……後悔しないでね」
振り返らずに、そう言って――消えた。
静寂。
「……ひな」
「……」
涙が、止まらない。
「……大丈夫?」
「……っ」
言葉にならない。
ただ――
ぎゅっと抱きつく。
「……怖かった……」
震える声。
「……うん」
優しく抱き返す。
「……でも……」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃでも、笑う。
「……嬉しかったです」
「……え?」
「……ちゃんと、選んでくれて」
その言葉に、さくやが少しだけ目を細める。
「……当たり前だろ」
「……はい」
「……ひな」
「……はい」
「もう、迷わない」
その言葉に、胸が強く打つ。
「……俺は、ひなといる」
「……私も」
ぎゅっと、抱きしめる。
「……離れません」
夕焼けが、二人を包む。
過去は、完全に消えたわけじゃない。
でも――
乗り越えた。
ちゃんと、選ばれた。
そして何より――
自分で、選んだ。
二人の恋は、また一歩、強くなった。




