第15話『広がる噂と、揺れる心』
翌朝――教室。
「……ひな、おはよ」
「……おはよう」
いつも通りの挨拶。
――のはずだった。
「ねぇ」
「……え?」
「昨日さ、屋上にいたよね?」
心臓が、ドクンと大きく鳴る。
「……え、なんで……」
「見ちゃったんだよね〜」
にやっと笑うクラスメイト。
「……っ」
一瞬で、教室の空気が変わる。
「え、なになに?」
「どうしたの?」
周りがざわつき始める。
「ひなさ、彼氏できたんでしょ?」
「っ……!」
言葉が、突き刺さる。
「しかもさ、あの人……先輩じゃない?」
「え、まじで?」
「やばくない?」
視線が、一斉に集まる。
「……ち、違っ……」
否定しようとして――止まる。
(隠さないって……決めた)
昨日の言葉が、頭に浮かぶ。
「……本当なの?」
静かな声。
逃げられない問い。
陽菜は、ぎゅっと手を握る。
「……はい」
教室が、一瞬静まり返る。
「え、マジじゃん!」
「すごっ!」
「いつから!?」
質問が一気に押し寄せる。
「……えっと……その……」
言葉が追いつかない。
「どこで知り合ったの?」
「誰から告白したの?」
「キスした!?」
「っ……!」
顔が一気に赤くなる。
「ちょ、やめてよ〜!」
笑い声。
でも、その中に――
「……へぇ」
少しだけ冷たい声が混じる。
「意外」
「……え?」
「ひなって、そういうタイプなんだ」
空気が、ピリッと変わる。
「……別にいいじゃん」
別の子がフォローする。
「可愛いし、彼氏いてもおかしくないでしょ」
「まぁね」
「でもさ〜」
また別の声。
「相手が相手じゃない?」
「……どういう意味?」
「だって、先輩でしょ?」
「……」
「遊ばれてるとかじゃないの?」
――その一言。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……違う」
思わず、声が出た。
「え?」
「……そんな人じゃないです」
はっきりと、言う。
「ちゃんと……優しい人です」
教室が、少し静かになる。
「……ふーん」
納得したような、してないような空気。
「ま、ひながいいならいいけど」
完全には消えない視線。
(……やっぱり)
(こうなるよね……)
胸の奥に、不安が広がる。
昼休み――廊下。
「……ひな」
「……さくやさん」
会った瞬間、少しだけ安心する。
でも――
「……聞いた?」
「うん」
短い返事。
「……もう広まってる」
「……はい」
苦笑い。
「……大丈夫?」
「……ちょっとだけ、きついです」
正直に言う。
「……そっか」
さくやは、少しだけ考えるように視線を落とす。
「……ひな」
「……はい」
「無理してない?」
「……してない、とは言えないです」
小さく笑う。
「……でも」
顔を上げる。
「……後悔はしてません」
その言葉に、さくやの目が揺れる。
「……ほんとに?」
「……はい」
「……隠してた時のほうが、ずっと苦しかったです」
静かに、でも強く言う。
「……そっか」
少しだけ、安心したように息を吐く。
「……でもさ」
「……はい」
「やっぱり、言われた?」
核心。
「……少しだけ」
「……何て?」
「……遊ばれてるんじゃないかって」
一瞬、空気が変わる。
「……そっか」
声が、少し低くなる。
「……ごめん」
「……え?」
「俺のせいで」
「違います」
即答だった。
「……違います」
もう一度、強く言う。
「……さくやさんは悪くないです」
「でも――」
「……私が選んだんです」
その言葉に、さくやが黙る。
「……一緒にいたいって、思ったのは私です」
手を、そっと伸ばす。
少しだけ震えている。
でも――
その手を、さくやがしっかりと握る。
「……っ」
「……ありがと」
小さく、でも確かな声。
「……ひな」
「……はい」
「ちょっとだけ、いい?」
「……?」
さくやが、一歩近づく。
「ここ、廊下だよ?」
「うん」
「見られるよ?」
「いい」
迷いのない声。
「……っ」
次の瞬間――
軽く、額に触れる。
「……え……?」
「これくらいなら、いいでしょ」
少しだけ照れた笑顔。
「……もう……」
顔が真っ赤になる。
「……ずるいです」
「何が?」
「……そういうことするから……」
「するから?」
「……もっと好きになるじゃないですか」
一瞬、静寂。
「……それは、俺も同じ」
その言葉に、胸が熱くなる。
――その時。
「……やっぱり」
後ろから声。
振り向くと――
さっき教室にいた子たち。
「ほんとに付き合ってるんだ」
「……」
「……へぇ」
視線が、鋭くなる。
「……見せつけてる感じ?」
空気が、一気に冷える。
「……違います」
陽菜が前に出る。
「……そんなつもりじゃ……」
「じゃあ何?」
「……」
言葉が詰まる。
その時――
「やめて」
さくやの声。
低く、はっきりと。
「……え?」
「そういう言い方、やめて」
空気が張り詰める。
「……ひなは、何も悪くない」
「……」
「俺が好きで、付き合ってる」
真っ直ぐな言葉。
「……っ」
陽菜の胸が強く打つ。
「……だから、変なこと言うなら俺に言って」
完全に守る姿勢。
「……別にそこまで言ってないじゃん」
少し気まずそうな空気。
「……ごめん」
誰かが小さく呟く。
そのまま、気まずそうに去っていく。
――静寂。
「……大丈夫?」
「……はい」
でも、少しだけ涙がにじむ。
「……怖かった?」
「……ちょっとだけ」
正直な答え。
「……でも」
ぎゅっと手を握る。
「……嬉しかったです」
「……え?」
「……守ってくれて」
その言葉に、さくやが少しだけ目を細める。
「……当たり前でしょ」
「……はい」
風が吹く。
少しだけ、優しい風。
「……ねぇ、ひな」
「……はい」
「これから、もっと色々あると思う」
「……はい」
「それでも――」
手を、強く握る。
「離さない?」
「……離しません」
迷いのない答え。
「絶対に?」
「……絶対に」
少しだけ笑い合う。
「……じゃあ、大丈夫だ」
その言葉に、不思議と安心する。
「……さくやさん」
「ん?」
「……怖いけど」
「うん」
「……一緒なら、頑張れます」
静かな決意。
「……俺も」
夕日が、二人を包む。
噂も、視線も、不安もある。
それでも――
繋いだ手だけは、離れなかった。
それが今の、二人の“強さ”だった。




