第14話『もう隠さない』
夕焼けに染まる屋上。
風が止まったように感じた。
「……俺は」
さくやの声が、静かに響く。
「ひなの――彼氏だよ」
――その一言で、世界が変わった。
「……え?」
クラスメイトの目が見開かれる。
「か、彼氏……?」
「うん」
迷いのない声。
その手は、まだ陽菜の手をしっかりと握っている。
「……ひな、本当なの?」
視線が突き刺さる。
逃げたくなる。
怖い。
でも――
(逃げたくない)
ぎゅっと、手に力を込める。
「……はい」
小さく、でもはっきりと頷く。
「……っ」
クラスメイトが言葉を失う。
「……そうなんだ……」
少しだけ、空気が揺れる。
「ご、ごめんね、邪魔して……」
ぎこちない笑顔を浮かべて、その場を離れていく。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
――静寂。
「……言っちゃったね」
さくやが小さく笑う。
「……はい……」
心臓が、まだ速いまま。
「……ごめん、勝手に」
「……え?」
「嫌だったら、ちゃんとフォローする」
「……違います」
即座に首を振る。
「……嫌じゃ、ないです」
むしろ――
「……嬉しかったです」
声が震える。
「ほんと?」
「……はい」
目を逸らしながら、でもちゃんと伝える。
「……あんなふうに言ってもらえるなんて、思ってなくて……」
さくやは少しだけ驚いた顔をして――
すぐに、優しく笑った。
「だって事実でしょ」
「……っ」
顔が一気に熱くなる。
「……ひな」
「……はい」
「もう、隠さないって決めたから」
その言葉に、胸が強く打たれる。
「……でも」
「うん?」
「……怖いのは、やっぱり少しあります」
正直な気持ち。
「……うん」
否定しない声。
「……変なこと言われたり……」
「うん」
「……周りの目とか……」
「うん」
全部、受け止めるように頷く。
「……それでも」
陽菜はゆっくり顔を上げる。
「……隠してるほうが、もっと苦しかったです」
沈黙。
でも、それは優しい沈黙だった。
「……そっか」
さくやが、少しだけ近づく。
「……じゃあ、一緒に慣れていこう」
「……え?」
「急に全部は無理でも、少しずつ」
手の温もりが、また強くなる。
「俺が隣にいる」
「……っ」
「それでも怖かったら、その時はちゃんと言って」
その優しさに、胸がいっぱいになる。
「……はい」
「……ひな」
「……はい」
「改めて、言っていい?」
心臓が跳ねる。
「……な、なんですか……」
少しだけ照れた声。
さくやは、真っ直ぐに見つめてくる。
逃げられない距離。
「……好きだよ」
時間が止まる。
「……」
言葉が出ない。
ただ、涙が溢れてくる。
「……ひな?」
「……っ、ごめんなさい……」
「え、なんで謝るの」
「……嬉しくて……」
声が震える。
「……私も」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「……好きです」
その瞬間――
ぎゅっと、抱き寄せられた。
「……っ!」
「……やっとちゃんと聞けた」
耳元で、優しい声。
「……前から言ってたじゃないですか……」
「ちゃんとじゃなかった」
少しだけ笑う気配。
「今のは、ちゃんと伝わった」
心臓の音が重なる。
「……さくやさん」
「ん?」
「……ドキドキしすぎて、死にそうです」
「それは困る」
くすっと笑う。
その空気が、少しだけ緊張をほどく。
「……でも」
さくやが少しだけ体を離す。
「まだ終わりじゃないよ」
「……え?」
「明日から、もっと大変になるかも」
「……やっぱり、そうですよね……」
不安がよぎる。
「でも」
すぐに、手を握られる。
「一人じゃない」
「……はい」
「それだけは、絶対に忘れないで」
「……はい」
強く、頷く。
風が吹く。
さっきより少しだけ、優しい風。
「……ねぇ、ひな」
「……はい」
「手、離す?」
少し意地悪な問い。
「……離しません」
即答だった。
「絶対に?」
「……絶対に」
さくやが、満足そうに笑う。
「じゃあ決まりだ」
「……はい」
夕焼けが、ゆっくりと夜に変わっていく。
その中で――
二人の手は、もう迷いなく繋がれていた。
もう、隠さない。
もう、離さない。
それはまだ不安もある、未完成な関係。
それでも――
確かに、前へ進み始めた“恋”だった。




