第173話:ジュピラは憤る(side:ジュピラ)
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時は流れ、翌日の正午。
里のエルフたちで組織された討伐隊が集められた。場所はアルスたちがジャイアント・ウルフと戦う場所から距離にして四百メートルほど離れた、木々によって隔たれた森の中。
木の上から双眼鏡でアルスたちの戦いの行方を見守れるこの場所で待機することとなった。
討伐隊の数は五十名。実際に戦闘に関わる可能性がある者は三十名ほどだが、補給班や衛星班もこの場に集まっている。
「……は? ここで待機だと⁉︎ そ、そりゃどういうことだ! 婆さん!」
アルスとソフィアとの間で結ばれた『密約』を知ったジュピラは激昂していた。
「説明した通りじゃ。アルスたちの提案で、ジャイアント・ウルフの討伐は彼らに一任することにしたのじゃ。我らは、彼らにもしものことがあった時にだけ加勢することになっておる」
「ちげえよ! 俺が聞いてるのは、婆さんには誇りってもんがねえのかってことだ‼︎ 人間に戦ってもらって、俺たちはヌクヌクとここで見守るだけだと? 冗談じゃねえ!」
ジュピラは、『里の危機は里のエルフで解決するべき』という考えを持っている。彼にとっては、ソフィアが説明した今回の作戦は受け入れ難いものだった。
「まあまあ落ち着けよ、ジュピラ」
背中に大剣を背負った大柄のエルフ——リオレス。肩を組む格好でソフィアからジュピラを引き剥がした。
「今回の魔物は俺たちが戦えば何人死ぬかわからねえ。だが、あいつらの力なら、本当にたった三人で倒せるかもしれねえ。そのくらいあいつらは強いんだ。俺は目の前で見てる」
「だ、だが……!」
「お前の気持ちはソフィア様も痛いほど分かってるはずだ。でも、同胞の命と誇りを天秤にかけたら——間違ってるとは俺は言えねえ。お前が長老なら、仲間に『死んでこい』って言えるか?」
「……そ、それはだな」
言葉に詰まってしまうジュピラ。
稽古での一件で、アルスたちの実力はすぐに里中のエルフが知ることになった。ジュピラも目の前で見たわけではないが、とんでもない実力者だという事実は当然耳に入っている。
確かに、彼らならエルフたち討伐隊の力を借りずとも倒せてしまうかもしれない。
誇りを取るか、実を取るか。これは、そんな選択だということも頭では分かっていた。
「ジュピラ、長老の指示は絶対よ。文句を言う暇があったら、緊急時に備えて手を動かしなさい」
ギルド長のクララ。キャンプの設営や、準備運動に勤しむ他の討伐隊メンバーと、ジュピラを比較する形で諭した。
「……チッ、分かったよ」
ジュピラは文句を飲み込み、準備を進める他のメンバーたちの元へ向かった。
しかし、心のモヤはどうにも晴れなかった。
(俺だって、ここでジッと待ってるのが利口なのは分かってる。婆さんは間違ったことは言ってねえ。だが、正論を盾に安全なところで見物ってのは、どうしても気に食わねえんだ!)
ジュピラの脳裏に、まだ幼かった頃の記憶——約百年前の山火事が蘇る。
(あれは、災害じゃない。侵略だ。里を燃やしてエルフを追い出したことで、たった五十年で人間は広大な山の恵みを手にしやがった。エルフに返さず、今や人間が棲みついてるのが何よりの証拠だ。人間の侵略だったのは明らかなのに、年寄り連中は人間と争いになることを恐れて事実を隠してきやがった。結局、あの時と同じだ。利口になって生き延びるか、己の想いに正直になるか)
ジュピラが信じる陰謀には、何ら根拠はない。状況からいくつも考えられる可能性を、己が信じたい事実に絞って当てはめているだけである。そこにはいくつもの倫理的齟齬があるのだが、ジュピラは気付こうとはしなかった。
(やっぱ、もう我慢できねえ!)
ジュピラはキャンプ設営の手を止め、隣にいたエルフに告げた。
「すまん、急に腹が痛くなってきやがった。悪いがここは任せていいか?」
「ああ、分かった。大丈夫か?」
「ちょっと休めば大丈夫だ。ちょっと茂みの方に行くが、付いてくるなよ?」
「そんな趣味ねーよ」
用を足すことを匂わせ、誰もいない茂みの方へ向かうジュピラ。
当然のことながら、急な腹痛はこの場を離れるための方便である。
そんなジュピラが向かう先は——
「勝算なんて関係ねえ! 待ってろよ! エルフの誇りってやつを見せつけてやる!」
一筋の光すらない暗闇だった。






