叩く者と獣の子(2)
週明け。午後からの予定に間に合うようにと早朝に駅前へと向かった私に、広場の花壇の前でそわそわと辺りを見回していた一人の青年が声を掛けてきた。
「おはようございますハーヴァーさん。早いですね」
「おはようプライス君。私も早めに来たつもりだったが……君も随分と早いんだな」
私がそう返事をした彼、アーサー・プライスは、何故か五日分の外泊にしては多い荷物を花壇脇のベンチへと置いていた。不思議に思いつつも、そんな彼はまだ少しそわそわしているようで、嬉しそうにこちらに笑いかけてくる。
先週末、なんと彼は貰ったマニュアルを全て暗記し終え、結局テオドールが折れて一緒にこのフィールドワークに参加することになった。魔石や魔力に関しての勉強をしているらしく、今回の鉱山には是非とも行って見たかったのだという。
「いつもこの時間には起きていますから。あっ、そういえば、護衛の方もここで落ち合うと聞いていましたが……も、もしかしてあの方ですか……?」
彼が目線を向けた先には、一人の青年が立っていた。細身で背が高く、以前会った時とは少し違った制服を纏っている彼は、駅の柱の前で微動だにしないその様子から少しだけアーサーに怖がられてしまっていた。だが私達の視線に気が付くと、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。
「……ハーヴァーさん、それにプライスさんですね。エドワード・アクロイドです。これから五日間よろしくお願いします」
そう挨拶をする彼は、普段とは違って大切な相棒は連れて居なかった。それもそのはずで、以前起きた事件の後その相棒は副隊長に昇格したのだと、改めて二人で礼を言いに来た際に彼らからそう教えて貰っていた。
「アクロイド、久しぶりだな。見舞いに来てくれた時以来……いや、サーカス団の時もいたんだったな」
「……はい、お久しぶりです」
「あ、えっと……アーサー・プライスと申します、その、どうぞよろしくお願いします」
無表情なままそう応える彼に、アーサーがおどおどしながらもそう挨拶をする。エドワードが軽くお辞儀をすると、その様子に更に焦ったようにあたふたする姿にこの子はよく表情が変わるなと私は少しだけ微笑ましく思った。
「とりあえず列車に向かおうか。始発だからもう乗れるはずだ」
「わかりました」
「はい、えっと……かなり時間がかかるみたいですから、色々と暇を潰せそうなものを買ってきたんです。……お仕事ですけど、こうやって誰かと出掛けるのは初めてで。何だか学生の旅行みたいで、楽しみだったんです」
恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑う彼の後に続いて私達は列車へと向かった。平日のこの時間、地方へと向かう客は少ない。閑散とした車内の広々とした四人用のテーブルのある席へと座った私達は、仕事の合間の数時間のこの旅行を楽しむことにした。
「そういえば、君の方から今回の護衛を申し出てくれたと聞いていたが……」
私はエドワードが持っているトランプから一枚抜いて、揃ったカードを捨てた。こういった遊びでは無表情の方が強いのだなと感心しつつ、手札が残り一枚の彼を見ながら私はそう問いかけた。
「……少し、気になることがあって。……上がりです」
「な、なんでそっちが当たりだってわかったんですか……!?」
「プライス君……いや、表情が豊かなのはいい事だと思うぞ。すまないが私も上がりだな」
私も最後に彼から一枚のトランプを抜いてそう言うと、彼は悲しそうに残った一枚のババをテーブルに置いた。
「二人とも強すぎます……僕、そんなにわかりやすいですか?」
「……どちらかというと」
「まぁ、カードを記憶するゲームでは君は負け無しだったじゃないか。……そういえば、アクロイドの気になることってなんだったんだ?」
バラバラになったカードを集めて整えながら、私は彼にそう問いかける。気付けば打ち解けていたアーサーからお菓子を受け取って食べている彼は、それを食べ終えた後少し悩むようにして口を開いた。
「…………いえ、仕事が終わってからにします。その……首は、綺麗に治ったんですね」
「え? あぁ、そうだな。そう言えば見ていたのか。もうあれから一ヶ月は経つし、そこまで酷い怪我じゃなかったからな」
サーカス団での出来事で私が首を怪我していた事を覚えていたらしい。心配してくれていたのか、彼は少しだけ目を細めて私の首元を見ていた。そんな様子を見て、アーサーは焦ったように口を開いた。
「お話は聞いていましたが……その、怪我をしてたんですか? サーカス団の団員さん達の対応の件は聞いていましたが……一体何があったんですか?」
「いや、その……手が滑っただけというか……それ以外は特に問題もなかったし、気にしないでくれ」
彼は少しむっとしつつ、エドワードの方を見て何か納得したように頷くと、そのまま私にもお菓子を差し出してくれる。
「あぁ、ありがとう。一応また資料を確認しておくか」
私も彼から受け取ったお菓子を食べつつ、今回の目的地の資料を確認する。宿泊予定の街自体はそこまで小さい場所ではないらしく、だがこの国では既に禁止されたはずの魔物狩りが未だに街の警備という名で行われている為か、他国における狩人のような人々が多く住んでいる場所らしい。
「狩人ですか。他国ではまだ魔物狩りが一般的にも行われていますが……ここでは国が許可を出した企業や組合でしか行えないんですよね」
「そうだな。だがあくまでも街の警備や傭兵、それに魔物ではなく森の資源を採る事を盾に狩っている人がいるらしい。微妙なラインだからとまだ摘発されていないんだろうな」
「……歓楽街等はあまり治安が良くないそうです。もし出掛ける際は必ずお声がけ下さい」
もしかすると、彼の主な仕事は草食の魔物に対してではなく対人なのかもしれない。護衛と言うのは鉱山に向かう道中だけでなく、その他の時間も対象らしい。確かに狩人は基本的に血の気が多く、飲み屋の多い歓楽街等の治安の悪さは目に見えていた。
「なるべく夜は出掛けないようにしよう。と言っても、フィールドワークの時間外は夕方以降だから……まぁ程々にだな」
「こ、怖いですね……僕なんてきっと一瞬で……は、ハーヴァーさんは特に、絶対に一人になっちゃ駄目ですよ。何かあったら所長が怖そうです……」
私とアンブローズの関係については今のところ研究所の誰にも話していなかったが、どうやら彼は気付いているようで、所長としてではなく怒られるのではと言っているようだった。そういえば彼はアンブローズに憧れて研究所に入ったのだと言っていた。やはり細かい変化に気付いているのだろうか。
「……そろそろです。降りる準備をしておきましょう」
ふと、そんなエドワードの言葉に私達は窓の外を確認した。比較的雪の降らない地域らしいが、それでも人の手の入っていない列車の外の景色は真っ白に染まっている。そしてその線路の先に目的地の街が見えてきていた。
「初めまして。この度ご一緒させて頂きます、担当のユエンと申します」
「同じく担当のダナです。どうぞ今日から五日間よろしくお願いします」
泊まる予定だった宿へと到着した私達は、そこを手配してくれていた企業の二人組に声を掛けられた。ユエンと言う男性はそこそこの立場の人間らしく、柔らかい物腰とその立ち振る舞いから中々隙のない人物だと感じられる。
一方ダナと名乗った女性は私よりは少し低いが人よりは背が高く、顔に小さく切り傷のような物がある様子からきっと直接鉱山に向かうことがある役職であることが分かる。
「ハーヴァーです、今日から五日間どうぞよろしくお願いいたします」
「同じく研究員のプライスと申します。よろしくお願いします」
「ハーヴァーさん、プライスさん。どうぞよろしくお願いしますね。護衛の方もいらっしゃるとお聞きしましたが……流石国の研究機関ですね、国の警備隊員とは。一応こちらでも複数名護衛を付けていますから、道中は安全を保証します」
そう説明してくれるユエンがちらりと目線を送った先には、きっと彼らが雇ったのだろう護衛と思わしき屈強な男性が複数人立っていた。こちらに気付くと、軽く手を挙げてくる。
「何だか強そうな人達ですね……この街の人なんですか?」
「えぇ、勿論国から許可を取っている派遣企業の方々です。この辺りは少し法律的に微妙な立場の人が多いですから。外出する際は脇道などには入らないようにして下さいね。運が悪いと絡まれます」
アーサーの質問に、少し困ったように笑うユエンがそう返事をする。きっとそういう輩を取り締まる事もあるのか、しっかりと許可を取っている側の人間もそれ以上に力がないとやっていけないのだろう。
「荷物を置いたら早速向かいましょう。道中、鉱山に関しては私からご説明をします。一応これでも鉱採種さんとは面識があるんです、彼らの技術は凄いんですよ、きっと驚くと思います」
笑顔でそう話し始めるダナを見て、少しだけ初めて会う種族への警戒が柔んだように感じた。そのまま宿で荷物を下ろした私達は、彼らと共に鉱山への続く山道へと向かったのだった。




