叩く者と獣の子(3)
「ほら、嬢ちゃん。こいつは突っ込んでくる前に捕まえちまえば可愛いもんだ。触りたかったんだろ?」
道中、私達を守るように四方を歩いていた警備の男性が、突然飛び出してきたそれを素早く捕まえるとこちらへと渡してくる。四十代程の年齢だからだろうか、私を嬢ちゃんなどと呼んで来ることに呆気に取られつつ、それを受け取った。
「嬢……!? えっと、ありがとうございます」
「わぁ、可愛いですね……! 僕も撫でていいですか? これが成体だなんて……ふわふわ……」
「冬毛だから一段と丸いな。まさか本当に触れるなんて……可愛いな」
腕にすっぽりと収まるその真っ白な角兎を抱えて撫でながらまた歩き始める私達に、ダナが笑顔で話しかけてくる。
「この辺りでは、大き過ぎる角を削ったりして実際に飼っている人もいるんですよ。可愛いですよね、こんな子が魔獣だなんて信じられません」
「そうなんですか? 魔獣を飼っているなんて、中々肝が座った人達が多いんですね……可愛いですが、やっぱりこの角で突進されるとちょっと怖いですね」
先程の男性は慣れた様子で捕まえて、その首元を掴んでこちらへと渡してきた。その時の角兎はビクビクと震えていたが、何故か私が抱えた途端に可愛らしく擦り寄ってきていた。
「そういえば珍しいですね、野生の成体の角兎に懐かれるなんて。その角も上手く使えないと途端に弱々しくなっちゃうんですが……」
「そうですね、何だか随分と……可愛くなってますね、この子は」
だが流石に連れて帰って飼う訳にもいかず、鉱山に着く前には逃がさなくてはと思っていると、ふと私の隣を歩いていたエドワードが気になったのか私の腕を覗き込んできた。
「……触っても、いいですか」
「あぁ、ほら……って、なんだ? 急にしおらしくなったな」
何故か彼がその角兎を撫でようとした時、可愛く擦り寄ってきていたのが途端に少しだけ怯えたような様子に変わってしまった。けれど暫く撫でられていると慣れてしまったのか、少しだけふんぞり返ったように私の腕の中でその体を伸ばした。
「……可愛い、ですね。動物をこうして触るのは初めてです」
「もしかして……そうか、君だから怖がっていたんだな?」
気付けば小さく微笑んでいる彼に、普段は無表情の為に私は呆気に取られた。そういえば彼もアーサーと同じくらいの年齢だったはずだと、その年相応の表情に私は少しだけほっとした。何となく保護者の気分になっていると、撫でる手を止めた彼は私に言葉を返してくる。
「……直ぐに逃げられてしまうので。きっと、本能的なものです」
「そうだろうな……ほら、この子なら大丈夫だろう。抱えてみるか?」
身体を調べた際、催眠をかけられていた時の姿から何となく分かっていたが、彼は犬や狼寄りの肉食の獣人が父親だったのだということが判明した。その為か、草食や小さい獣等が本能的に彼を恐れてしまうらしい。だがこの角兎はそんな彼に慣れてしまったのか得意げに撫でられているものだから、私はこの子をそのまま彼へと差し出した。
「……仕事中ですから」
「それもそうか……」
「うちの護衛もいますから、交代交代で休むといいと思いますよ。どの道そろそろ中間地点です。昼食にしましょう」
私達の会話を聞いていたユエンがそう声を掛けてくる。気付けばもう半分以上の道を歩いてきていたらしく、護衛の彼らも一度荷物を下ろして昼食の準備を始めようとしていた。
「だそうだ。ほら、この子を持っていてくれ。私達も食事にしよう」
「……はい、ありがとうございます」
私はエドワードに角兎を渡すと、持っていた荷物を下ろして準備を始める。そこまで深くない雪が積もっているため、近くにあった切り株の雪を払い、簡易の椅子を置いて、持ってきていた調理器具を取り出した。
「君たちの分は私が任されているから、座って待っていてくれ。パンと卵は食べられるか?」
「はい、僕は大丈夫です。お手伝い出来ることがあったら言ってください」
「…………俺も大丈夫です。何でも食べられます」
気付けば角兎に夢中になっていたのか、少し遅れてエドワードがそう返事をしてくる。そんな様子に私は笑いながら、素早く昼食を準備した。
「なっ、ダナ……それを飲むのはやめなさい。仕事だと言っただろう?」
「え、でも鉱山では……そ、それに冬ですから、温まりますよ?」
あちらも準備が終わり、一度全員で集まって食事を取り始める事になったのだが、そんな中ダナがふと自分のバッグの中からスキットルを取り出して、それをユエンが急いで止めた。鉱山でも働いているからか、彼女はよくお酒を飲むらしい。
「今日は鉱採種と契約を取るために来ていると言っただろう……? それにこんな雪の中で飲んだら危険だ、没収する」
「えぇ〜! ユエンさん、そんな殺生な……」
「……すみません、うるさくしてしまって。もし良ければ今日の仕事が終わり次第皆さん夕食に行きませんか? そこでならお前も飲めるだろう、ほら、取ろうとするな」
この二人はまるで親子のようだなと思いながら、街へと帰った後の事を考え始める。そういえば、歓楽街等の治安の悪さについて彼らは詳しいのだろうかと私は口を開いた。
「私は構いません。せっかくですしもう少しお話をしてみたいと思っていたんです。そういえば、この辺りでは……狩人が多いとお聞きしました。街はどのような仕組みになっているんでしょうか……?」
私のそんな質問に、明らかに護衛の男性達が微妙な表情に変わった。ユエンも困ったように笑うと、手元にあったスープを一口啜ってから説明をしてくれる。
「そうですね、流石にこの国では狩猟行為は認められた人でしか出来ないようになっていますが……この辺りでは温泉の掘削だったり、森林資源の採取などが主な仕事なんです。意図せず魔獣や獣に襲われた際は狩るのでは無く身を守る行為として認められているため、それを上手く利用して魔物を狩っている人がいるんですよ」
「……それと、私は違いますが。お酒やその手の商売も盛んですから。ある意味外国寄りのシステムが多いですね。流石に他国みたいに冒険者なんてものはもう居ませんけど」
やはりと言うべきか、想像していた通りの様子らしい。うちの特別顧問に聞かせたらため息をつかれそうな内容だと私は内心苦笑した。狩ることにならなければと、獣の角や魔石などをそのまま卸すこともあるらしく、この街の土産屋等では違法的な物も多々売られているらしい。
「何だか怖いですね……こ、この子も狙われていたりするんでしょうか」
エドワードの隣に座っていたアーサーが、彼の膝の上で野菜を貰っている角兎を見ながら恐る恐るそう質問をする。困った笑顔を変えないまま、ユエンがその口を開いた。
「角兎は主に狩りやすいと有名な魔獣ですから。強力な魔獣とは違って魔石に変わるわけではありませんし、元々この街に住む許可を取った狩人達がよく狩っていますからね。違法なものもそうそう手出しは出来ないかと」
「やっぱり狩られちゃうんですね……うぅ、ハーヴァーさん、その。分かってはいるんですが、この子に愛着が湧いちゃって……」
彼の言いたい事は分かる。元々野生の魔獣だからこそ、自然の道理としていつか狩られてしまう可能性は元からあったのだ。それでもここまで人に慣れている可愛い生き物を、このまま野に返してしまう事に躊躇いを覚えているのだろう。
「……うーん、申請すれば飼えないこともないとは思うが。誰が飼うんだ?」
「それは……ぼ、僕の家はペット禁止でした……あ、エドワード君は……警備隊の寮ですよね……」
「となるとやっぱり私か……多分大丈夫だったとは思うが、あの子に相談してみないとだな。元々私に懐いていたようだし……飼う事自体そこまで苦労はなさそうだ」
逃がすつもりだったのに、結局家に連れて帰りそうなこの状況に私は小さくため息をついた。アーサーだけならまだしも、エドワードまでもが少し期待するような目で見てくるものだから、これはもう後には引けなさそうだと私は諦める。
「もし飼うのでしたら、この街で申請が出来るはずですよ。仕事が終わったら行ってみましょうか、私がご案内します。それと預けておける施設もありますから、仕事中の事は考えなくても大丈夫ですよ」
「逃げ道が塞がれた……そうですね、是非お願いします」
嬉しそうにそう教えてくれるダナは、夕食に付き合ってもらう代わりだからと笑顔で了承してくれる。そして私達は食べ終わった食器を片付けると、また鉱採種の住む鉱山へと向かってその歩みを再開したのだった。




