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叩く者と獣の子(1)

「私が行かせてもらっても良いのですか?」


「精霊種と対話できるハーヴァーさんが適任だと思ったので。遠方でのフィールドワークですから、一度確認をと……どうでしょうか?」


 新しい年が始まって二ヶ月程が経ったある日。研究室で資料を纏めていた私に、テオドールがとあるフィールドワークの提案を持ち掛けてきた。


 何でも技術力の向上に伴い、魔石採取先の鉱山を管理している企業との話し合いにより新たな段階へと移るべきだという結論になったという。そして何故そんな話がこの部署に来たのかを、彼は続けて説明してくれた。



「実は新しい鉱山の契約をする上で、鉱採種(ノッカー)との関係を広げたいという話が来まして。過去にも山自体を買い取る際に彼らとの契約が何度か行われましたが、今回はその彼ら自体に採掘の依頼をすると良いのではと話が上がったんです」


「随分と思い切りましたね。確かに彼らは鉱山を住処にしていますし、もしその手の契約が出来れば技術のみならず魔石の使用頻度も上げることが出来る……交流が進んでいないからこそ、うちにその話が来たんですね」



 鉱採種とは、その名の通り鉱山を住処として鉱物や魔石を採取することを主とした種族だ。その低い身長とその器用さからくる技術力の高さが特徴的で、だが基本的に他の種族との関わり合いが深く無い為にその生態は謎が多い。


 だが過去に資源的な問題として開拓する鉱山を増やしたいという人間側からの申し出を受けてくれた件もあり、決して非友好的ではないらしい事が分かっている。



「五日間ですか……提携している企業から二人。それと……護衛、ですか?」


「はい、まだ未開の地と言っても過言ではありませんから。近くの町での宿泊にはなりますが、実際に鉱採種の住んでいる場所は鉱山内、そしてその周辺です。魔獣も出るとの事なので、上から警備隊員を派遣してくれるそうですよ」


 それは流石に危険すぎなのではないだろうか。けれど企業の人間はプロのはずだ。その危険性も理解しているのだろう。あちら側でも別に護衛を付けるのかもしれない。



「そこまで脅威的なものは出ないらしいですし、大丈夫でしょう。なんでも警備隊側から申し出があったそうですよ?」


「申し出ですか? 知り合いですかね……基本的に新しい場所でのフィールドワークは危険が付き物ですし、私に行かせて下さい」


「は、ハーヴァーさん……また危険な目に遭わないですよね……それなら私が変わりに」


 話を聞いていたのか、アゼリアが心配そうにそう声を掛けてくる。だがその手元には、例のサーカス団の混血達のデータの載った資料が積まれていた。



「アヴストさんは混血への対応、バートンさんも海成種の街へと行くことが多いですから。ここはハーヴァーさんに行ってもらうのが適任かと……慢性的な人員不足ですからね。新人の研究員達の育成が本当に待ち遠しいです……」


「あの、僕が一緒に行くのは駄目なんでしょうか……?」


 困り顔で腕を組んでいたテオドールに、先程まで新しく渡されたマニュアルを読み耽っていたアーサーが声を上げる。そんな彼の言葉にぽかんとして、更に困ったような表情になるテオドールが口を開いた。



「プライス君は今日新規のマニュアルを貰ったばかりでしょう? 来週の初めから五日間ですから、流石に厳しいでしょうから」


「いえ、もうここまで頭に入れました。その、空いた時間にも確認しますので……」


「あぁ……なるほど、休日にここに来ていたのも、魔石関係についての勉強を個人的にしていたのでしたね。ふむ……そうですね、後でマニュアルの把握具合を確認したら検討してみましょうか」


 どうやら研究所からの人員は一人だけでは無くなるようだった。元からそこまで細かい決まりがなかったようで、その辺はきっと上の人が何とかしてくれるのだろうと私は適当に考える。とにかく来週から五日間もの間鉱山での作業になるかと思うと、中々楽しみではある。



「あぁ、それと。先程所長がハーヴァーさんを呼んでいましたよ。なんでもとある種族についての情報がどうとか……分かりますか?」


「……多分分かります。今のアンケートの集計が終わったら向かいます」


「よろしくお願いします。あの、もし私の事であの人が怒っていたら……どうか宥(なだ)めて下さると」


「また何かやらかしたんですか……?」


「そんなことは……少しだけ」


 この人は、以前から少し調子がいいと言うか、茶目っ気があるというか。そんな様子で直ぐに彼へと山のような質問をしたり、その少し抜けた態度で怒られていた。仕事をさせればとても優秀な人なのだが、如何せん子供っぽい所がある為普段はこのような感じだった。



「分かりました、でもこれで三回目ですよ? 五回貯まったら何か貰えるんですかね」


「ハーヴァーさんが冗談を言うようになってしまいました……秘蔵魔術書引き換え権とかどうでしょう……」


 私の冗談にそう乗ってくる彼に苦笑を返して、私は一度席を立った。纏めたアンケートを彼に渡して軽く今後の予定を話した後、そのまま私を呼んだというあの子のいる所長室へと向かうことにする。







「先生……お疲れ様……」


「お疲れ様です所長……本当に疲れているみたいだな。どうした?」


 入ってきた私を見て、彼は疲れたように笑いかけてくる。肉体的な疲労は感じないだろう彼も、きっと精神的に何かしら疲れることがあったのだろうか。



「いや……なんでもないよ。その、少しだけ手を貸してくれないかな」


「何だ? 私にできることがあるなら手伝うが……」


「そうじゃなくて、手を」


 そう言いながら、彼は座ったまま手を差し出してくる。本当の意味で手を貸すのだと気付いた私は、そのまま机の前まで行ってその手を取った。するとそれを両手で握った彼は、少しだけ目を閉じて何か小さく呟くと、途端に私の手首を回るように魔術式が浮かび上がった。



「…………今度は何をしたんだ?」


「……お呪(まじな)いかな。来週から遠出するんだろう? 貴女のことを知らない人と行動するんだ。もしもの事がないようにね」


「そう言われれば、今までは何とか誤魔化してきたが……ここまで長く他人と一緒にいるのは初めてだな。ありがとうアンブローズ……その、離さないのか?」


 もうその術式もかけ終わっただろうに、彼は何故か私の手を離そうとしなかった。私が首を傾げていると、彼は何故か呆れたように目を細めてこちらを見てくる。



「……一応休憩時間だから」


「別に私は構わないが……そうだ、とある種族についてと聞いてきたんだが、なんだったんだ?」


「それは、貴女を呼び出す為に適当にでっち上げたんだけど……」


「お前、それはただの職権乱用じゃないか……別に仕事が終わった後でも良かったのに。最近ちょっと腑抜けてないか……? 仕事はこなしているようだが、こう、教え子のそういった行動は少し戴けないぞ?」


 私の言葉にぐうの音も出ない様子で表情を歪める彼は、それでも思い出したように私の手を離すと、とある資料を取り出してこちらに渡してきた。



「い、一応こんなのもあったんだよ……? 貴女が向かう鉱山付近で出ると言われている魔獣や獣一覧だ。今回は基本的に移動以外は町か鉱山内部、その付近の鉱採種の住む町での行動になると思うけど。やはり山道は危険だからね」


 それを受け取った私は、ぱらぱらとそれを捲って確認する。そこには、魔獣の中でも随分と可愛らしいもの達の写真が連なっていた。



「……角兎(ジャッカロープ)がいるのか。あれは可愛いから……会ってみたいな。それと……なんだ、基本草食系のものばかりじゃないか。捕食種は居ないのか?」


「うーん……そこが不思議なんだよね。もしかしたら鉱採種が自分達の為に狩っているのかもしれないし。出来れば開(ひら)けたところを通って、獣道には入らないこと……可愛いのが居たからって追いかけていっちゃ駄目だよ?」


「……大丈夫だ。単独行動じゃないから、流石に趣味には走らないよ……寄ってきたら触ってしまうかもしれないが」


「不安になってきたんだけど。術、重ね掛けしておこうかな……」


 そう言って当然のようにまた私の手を取ろうとした彼に、私はそのまま手を差し出した。そしてふと疑問に思ったことを口にする。



「そういえば……術式を直接書いているわけじゃないのにどうやって術をかけているんだ? まるで魔法みたいだな……」


「あぁ、確かに魔法も使えるけど。これは魔術だよ。術式が出るだろう?」


 また小さく何かを呟く彼は、私の腕を見てそう言った。きっと他の人には見えないのだろうが、私の腕にはいつの間にか複数の魔術式が刻まれている。



「……なんで呟くだけでこんなことが出来るんだ」


「それは……えっと、舌に。言葉を術式に変換出来る魔術式を……」


「そんなことが出来るのか。少し見せて……」


 私の言葉に、彼は少し恥ずかしそうに目線を逸らしてしまう。今思えば口の中を見せろと言っている意味だと気付いて、まさかそこで恥ずかしがられるとは思いもしなかった。



「お前の羞恥する所がよく分からないな……」


「舌に何か刻んでるなんて、嫌じゃないかい? なんかこう……そういう人なのかと思われそうで」


 そういう人とは一体どんな人なんだろうか。私は少しだけ不思議に思いつつも気付けば休みの時間が終わっていることに気付き、まだ少し名残惜しそうに手を握ったままの彼に術の礼を言って、その頭を軽くぽんぽんと撫でてから私は所長室を後にした。

しばらく更新が遅れます、また少しお待ち頂けると幸いです。

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