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【閑話】とある少女の記憶

「ごめんね……何もしてあげられなくて」


 どうしてそんなことを言うんだろう。どうしてそんな悲しそうな顔をするんだろう。私はずっとここにいて、何が悲しいのかも分からないのに。



「ほら、新しい本を買ってきたのよ。貴女はこれが好きだったでしょう?」


「ありがとうお母さん」


 受け取ったその本には、私の知らない世界が広がっていた。確かに、私はこれを見るのがとても好きだった。広い空に、青い海。沢山の木々達や、沢山の人々がこの世界にはいるのだと。それは本の中でしか知らない世界だった。



 私の世界は、この真っ白な狭い一室で。両親がたまに買ってきてくれる本だけが、唯一の楽しみだった。でも、私はそれしか知らないから。何故両親が悲しそうにするのかも、こうして寝ている私に泣きついて来るのかも。何もわからなかった。



「どうして駄目なんですか……!? どうしてこの子だけ……っ!」


「もう身体が限界なんです。手術をするにも、その負荷に身体が耐えられない……それなら、今の治療を続けて、少しでも長く……」


 何となく、彼らの話している言葉の意味は分かっていた。両親も、先生も、きっと私が気付かない振りをしている事に気付けていないのだ。手を繋いた母に私が笑いかけると、頑張って私に笑顔を返そうとしてくる。けれどその顔は、涙で歪んでいた。




 ある日、私はここを抜け出した。何となく体調が良くて、何故か誰にも見つからないままにこの真っ白な建物から抜け出せた。このままこの部屋で死んでしまうくらいなら、せめて少しでも外の世界を見たかった。


 走ると脱げてしまいそうな室内用の靴で、私は月に照らされて薄らと明るい近くの林を駆け回った。身体がとても軽くて、草と土の匂いがとても近くに感じられて。初めて、自分が生きているのだと気付いた。



 林を進んだその先で、私はある人と出会った。何故か顔は思い出せないけれど、きっとあれは――神様だった。林の先の花畑の真ん中に、その人は美しく佇んでいた。彼女は私を見ると、静かに微笑みを向けてくる。でも何故だろうか。その全てが霞んで見えるほどの美しいその人は。



 ――とても、恐ろしく感じられた。




「……ね、貴女は。いつか……会うでしょう」



 風の音にかき消されるその言葉は。一体何だったのだろうか。私は、一体何に出会うのだろうか。けれど、強い風が吹いて目を閉じた次の瞬間には、彼女の姿は消えていた。



「な……うっ、発作が……げほっ……」


 視界が歪んだ。気付けば手には真っ赤な血が付いている。急いで駆け寄ってくる人達に囲まれて、そのまま私の意識は遠のいた。






 ――今になって分かった。やっぱりあれは、本当に神様だったのだろう。









 目が覚めた私は、近くにある時計を確認した。普段より早いその時間に、ほっとため息をつく。夢を見るなんて何年ぶりだろうか。もうずっと、あの頃の事を思い出すことなんてなかったのに。



「ふぁ……今日は朝から会議なのに。早く目が覚めて余計に眠い……」


 いつものようにシャワーを浴びて、朝ごはんを準備する。今頃あの人も起きてご飯を食べているだろうか。まさか彼があの人の家に居るのではないかなんて、想像もしたくなかった。



「ふん、先生と恋人同士になれたからって、突然調子に乗りすぎですっ! ……先生は私の先生なのに」


 それでも、幸せそうに笑う大好きな人を思い出して私は小さくため息をついた。あの人が笑ってくれるのなら、私はそれで良かった。きっとあの人は、自分と同じ時間を生きることの出来る彼に救われたのだろう。そして、私のこともずっと好きでいてくれるだろうから。だから私は、これからもあの人の傍に居続けるだけだ。





「……ん? グレイ殿下復帰望む声多数……やっぱり、元々人気もあったし今回の件に関しては批判の声も多い……本人が認めている訳でもないし……うーん、刑期が一年となると、あの根強い人気で直ぐに復帰しそう」


 まだ読んでいる途中だった他社の記事を確認していた私は、ふとそんな見出しの文面を見つけた。あの人を攫って、あまつさえ実の弟さえも殺そうとしたらしいこの人は。証拠が不十分で、事件当時の隊員たちやあの人の証言から有罪判決を受けたと聞いていた。



「……もし、また先生を攫うだなんてことをしようとしたら。でも、あの人も傍にいるならそうそう下手な事にはならなさそう。いや、肝心な時に役に立たないですからね……あの人は」


 先生の事が好きすぎて、いつか何かしらやらかしそうだなとは思っていたけれど。まさかあんなことになっているなんて。人間すらも平気で辞めてしまうあの人の先生に対する想いは、先生自身を傷付ける事は無いかもしれないがそれでもやはり、その異常さを強く感じさせた。



「大丈夫かな……先生は素直にあの人のことを好きなんだろうけど。あの人の先生に対する想いは少し……でも先生鈍いから……それで嫌になる事もなさそう……」


 気付けば手元の記事のファイリングが止まっていることに気付いた私は、急いでその作業を再開する。グレイ殿下も、その仲間だった女性も捕まった今。それでも何故か、漠然とした不安が消えないままだった。今日の夜、様子を見るためにも先生を夕食にでも誘おうかと考えながら、私はまた自分の仕事へと戻っていった。

体調不良のため投稿が遅れています。ゆっくりお待ち下さると幸いです。

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