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同じ時間を共に

二章最終話です。長めです。

「……それで、どうして二人とも私にくっついて来るんだ。流石に少し窮屈なんだが」


「俺は貴女の恋人だからね。隣に座るのはおかしくないと思うんだ」


「……この人、ついに調子に乗り始めましたね? 今までは多めに見てきましたが、先生は私の先生でもあるんですよ、あまりくっつかないで下さい!」


 私は飲もうとしていた紅茶を大人しくテーブルに置く。エルフィムに起きたことを伝えようと、仕事終わりの夜に二人を夕食に誘った私は、何故か私を中心にぴったりと離れないように座ってくる二人の間に挟まっていた。



「先生、俺が傍にいるのは嫌かい?」


「嫌じゃないが……」


「私のことだって嫌じゃないですよね……?」


「嫌じゃないよ……」


 何故か今にも喧嘩が勃発しそうな二人に、私は小さくため息をついた。二人とも私を好いてくれているのは分かるが、何となく今の状況は母親を取り合う子供達のようで少し可愛いなと思いつつ、嫌ではないのだが複雑な気分になる。



「そろそろ話を……」


「あっ、アンブローズさん!? 何ですかそのネックレス! 先生ですか、先生に貰ったんですね!? 見ましたよ、それ客船のお土産屋さんにありました!」


「先生に付けてもらったんだ。良いだろう? 他にも色々とくれたんだよ、砂時計とか、本に栞に……」


「あれ全部貴方宛だったんですか……!? どういうことですか先生っ!」


 何となく、これは何を言っても収まらない気がしてきた。暫く放っておこうかと思ったが、このままでは一晩中言い合いが続きそうだ。主にエルフィムの問いかけにアンブローズが素直に答えるせいで、それに乗せられた彼女が私に問い詰めてくるといった流れが続き、流石にそろそろ話を始めないと本当に二人ともここに泊まっていきそうな雰囲気になってくる。



「二人とも、そろそろ止めてくれ……明日も仕事だろう? それなのに家に泊まっていくつもりか?」


「私はそれでもいいですよ! 記者たるもの、外泊用のセットは常に持ち歩いてるんです!」


「俺も構わないよ、移動も準備も時間はかからないからね。出掛けた日も泊まっていったし、ここのソファをさえ貸してくれればいつまででもいたいくらいだ」


 これは、また余計なことを口走ったアンブローズを私は軽く睨みつける。それでも嬉しそうに笑ってこちらを見てくる彼に、私は小さくため息をついた。



「な、泊ま、泊まっていっ……えっ、な、なんで貴方が泊まったんですか!? せ、先生、変なことはされてないですよね!?」


「変なことって……何もされてないよ。というか、その時の話をしたかったんだ。色々とあって大変だったんだぞ……」


 私は不安そうにこちらを見つめてくるエルフィムに、先日起きたことを少しずつ説明し始めた。終始複雑そうな面持ちで話を聞いていたエルフィムは、その表情に影を落として口を開く。




「……それじゃあ先生は、もう元に戻るつもりは無いって事ですか……? それは、私としては……一緒に居られる時間が増えて、嬉しい……ですが。でも、先生は」


「……すまないフィー。お前は……ずっと私を、私の最後を見届けてくれようとしていたのに」


 彼女は私に付いてくるようになってから。その最後を迎えるその時まで、私の傍にいると約束してくれていた。いずれ来る別れの時も、絶対後悔なんてせずに見届けるんだと。そんな彼女の強い意志に、私は何度も救われてきた。



「……私はいいんです。どの道先生が人に戻らなくても、アンブローズさんが居たとしても気にせずお傍に居ますから。いつか、私のわがままも聞いてくださいね、先生」


「あぁ、ありがとうフィー。お前が傍にいてくれるなんて、私は幸せ者だよ。確かお前は旅に出たいんだったよな……また、昔みたいに一緒に出掛けよう」


 抱きついてくる彼女の頭を撫でながら、私は静かにそう返事をした。流石に空気を読んでくれたのか、そんな会話にアンブローズも黙ったまま、私の肩へと頭を預けてくる。そして暫くして、私に抱きついたままだったエルフィムがゆっくりと顔を上げて口を開いた。



「約束ですよ…………ちょっと湿っぽくなっちゃいました、話を続けましょう。…………なんて馬鹿なことをしたんですかアンブローズさんっ! 諦めただけならまだしも、先生の後を追おうとするだなんて……先生が同情してそんなことを言う人じゃないことくらい分かっていますが。先生の事になると本当に駄目駄目ですね貴方は!」


「うっ、矛先がまた俺に……その、本当に悪かったと思ってる。だから……俺はこの先、先生をずっと守り続けると決めている。嫌がることもしないつもりだし、二人が旅に出るのだとしても邪魔はしないよ……まぁもう離すつもりもないんだけど」


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がしたが、真面目な表情でそう答えるアンブローズに、エルフィムはあからさまに嫌そうな顔をしてため息をついた。



「そもそも、これからどうするんですか? 例の王子様にはなんて言うんです。研究所に入ったのだって、その身体を治すためだったでしょう? それありきでの援助だったのではないんですか?」


「それは……本当に、どうしたものかな。突然治すつもりが無くなった、だなんて言ったら……まず理由を聞かれるだろう。アンブローズの事を言う訳にも……いかないよな」


 それについては本当にどうしたものかと悩んでいるままだった。研究自体は、当時の事件における真相の究明をとして続けることは悪くないと思うが、そもそもそれを治さないとなると、私の立場は一体どうなるのだろうか。不老不死の人間が国民として居続けた例など過去にはなかった。


 今では、長命な種族などがこの国の国籍を与えられる事も増えてきたが、私も同じような扱いになるのだろうか。そして私はいいとしても、アンブローズに関してはそれ以前の問題だろう。今まで普通に人として生きてきた彼が、突然他の種族に成り代わったとなれば、あまり大事にはしたくないのも事実だった。



「……俺は、言わない方がいいと思うな。先生がそうなった当時の事件、あれは容疑者が未確定だ。現状の証拠からすれば、先生が一番怪しいと思われているはず……その人が、不死のまま治すつもりがないとなれば、疑われてしまう可能性が高い。まぁもう戦前の話だから、どうすることも出来ないだろうけど」


「それは……あの人に限ってない気もするが、確かにこうして支援を受けられているだけ寛大な対処だとは思うよ。正直、私利私欲のため同じ研究所の研究員たちを大勢殺した容疑者だとされてもおかしくなかったのに、まさかここまで援助してもらえるとは思いもしなかった」


 ここまで考えると、やはり言わない方が得策かもしれない。だが、本気で治そうとしてくれている研究室の彼らやリアンに対して、流石にそれでは駄目だろうとも思ってしまう。どの道いずれバレるのだ。それなら、何かしら納得できるような理由を探さなくてはならないだろう。



「でもお前のことを言うのはな……そもそもなんて言えばいいんだ?」


「魔女に方法を聞いて人間を辞めました……なんて言えないよね。なんならクラウディアさんの事はあの人も知っているはずだから、一体どうなることか……先生みたいに不可抗力ならまだしも、俺は俺の意思でこうなったから……そう考えると言いたくないな」


 やはり別の理由をでっち上げるか、大人しく本当の事を言うかの二択だろう。どちらもリスクがある為に、出来る限りタイミングを見計らって打ち明けたい所だった。



「……そもそも、アンブローズさんは人間に戻れないんですか? 先生が人に戻るのをやめると言ったのも、貴方が戻れないからなんでしょう? もし戻れるようであれば、先生のその身体が治せるようになった時に同じように戻ればいいんじゃないですか?」


「……戻れないと思った方がいいと言われた。先生の場合、その体は人の物だけど、魔術的要因によって死ねなくなっている。だけど俺の場合は……身(・)体(・)自(・)体(・)を(・)作(・)り(・)替(・)え(・)た(・)んだ」


 その見た目は記憶と意識に依存するらしく、彼の姿ではあるものの実際決まった形は存在していないらしい。ソフィーに身体を貫かれた時は、そもそも人間じゃないとバレない為に、人の身体に擬態していたという。



「匂いでバレてしまう事があるからね。あの探偵さんやクラウディアさんのように。だから身体構造まで全て人間のものに作り替えてたんだけど……それが良くなかった。だから直ぐに対応出来なかったんだよ」


「完全に人間辞めてるじゃないですか……それだけ聞くと、戻れないと言うのも頷けますね」


 私はそれを聞いて、ふと図書館で出会った時のクラウディアのことを思い出し、もしかして彼も同じなのではないかと完全に興味本位の言葉を口にしてしまう。



「……なぁ、お前もその……変化……出来たりするのか?」


「え? あぁ、一応あの人に教えて貰いはしたけど……見たいのかい?」


「……少し。その、ほら。猫とか鳥とか、可愛かっただろう? それは、ちょっと良いなと思って」


 つい期待に満ちた目で彼を見ると、複雑そうな表情になりつつも彼は少しだけ私から離れてその目を閉じた。そして一瞬のうちに、その姿が別のものへと変わる。



「……どう?」


「お前、それは……」


 その姿は、猫でも鳥でもなく人間のものだった。だが、随分と昔に見たきりのその姿に、私は呆気に取られる。



「この術は……知っているものにしかなれないんだ。だから、あの人みたいに動物を実際に研究……言ってしまえば解剖みたいな事をしていないと、中途半端なものになってしまうらしくてね……せ、先生? その手はなんだい……っ」


「……可愛いな、成長期前か。ほんの一年で背が伸びた時は本当に驚いたが……この姿は、懐かしいな」


「もしかして……昔のアンブローズさんですか? へぇ、この人にもこんな子供の頃があったんですね。写真撮っておきましょう、後から使えそうです」


 私が彼と初めて出会った時、まだ私よりも少し背が低かった当時の彼の姿に、私はつい懐かしくなってその身体を抱き寄せた。自分より低いその頭を撫でていると、彼は焦ったように口を開いた。



「せ、先生っ、その、少し恥ずかしいんだけど……いや、喜んでもらえたなら良かったよ。良かった……けど、なんだか釈然としないな……」


「この身長だった時間は短かったからな。大学受験の前にはもうとっくに私の背を越していたし……試験でいい結果を取るたびに頭を撫でていたのにな」


 可愛い盛りだったその姿に私がそのまま頭を撫で続けていると、エルフィムが何故か呆れたようにこちらを見てその頬をふくらませた。



「先生……その、直ぐに人の頭を撫でるのは。と、特に男の子には止めた方がいいですよ……? アンブローズさんみたいになっちゃいますよ?」


「そうなのか……? 私はいい結果を出す度に父に撫でてもらっていたから、それが嬉しくて……良いと思ったんだが……」


「俺みたいになるってなんだ……というか、完全に親目線じゃないか。別に撫でてもらったのが嬉しくて好きになった訳じゃない……っ」


 そう返事をしようとする彼のその口に、エルフィムがテーブルの上にあったお菓子を否応なしに詰め込んだ。言葉を中断されそのままお菓子を食べるしかない彼を見て、私はつい笑ってしまう。



「少し話は逸れましたが、あ、先生はそのままでいいですよ。子供の姿のその人はそこまで脅威に感じないですから。それで、どうしましょうね……暫くは様子見ですか?」


「そうだな……とりあえずは様子見か。あの人の件もあるし、もう少し考えてからにしよう。今日はフィーに今回の事を伝えるのが目的だったから。もう遅いし、一度解散にするか」


 私がそう言うと、何故か驚いたような表情になるエルフィムがその口を開いた。



「えっ、泊まっていく気だったんですが……駄目ですか?」


「本気だったのか……私は構わないが、仕事は大丈夫なのか?」


「大丈夫です! 早く起きますので! ……アンブローズさんは帰ってもいいですよ、もう十分先生に撫でてもらったでしょう? ……今の姿なら一緒に寝ても怒られないとか思ってませんよね」


「っ……そ、そんなことは……ないよ、多分」


 いまだに大人しく私の腕に収まっている彼は、私の腕を抱きしめたままそう小さく呟いた。確かにこの姿なら三人でも寝れそうだなと私は思う。



「それじゃあ準備をしようか。部屋の方を少し片付けてくるから、誰か先にシャワーを使ってくれ」


「えっ、ほ、本当に三人で寝るんですか!? だ、駄目ですよ先生、この人も一応男の人なんですから! 確かに今は子供サイズですけど……だ、駄目ですからね!?」


「で、でもソファで一人で寝かせるのは……可哀想じゃないか? 出掛けた日も、結局朝まで起きていたみたいだし……」


「くっ……も、元の姿に戻ってくださいアンブローズさんっ! その姿のせいで先生が本当に子供だと思い込んじゃってるじゃないですか! もういい歳した大人なんですから、子供の振りをしないで下さいっ!」


「先生がいいって言ってるんだからいいじゃないか……別に変なことをするつもりもないし。この姿だと先生も喜んでくれるし、俺は戻るつもりは無いよ」


 私は言い合いを始める彼らを背に、二人が泊まる準備をするために二階へと上がった。そこまで散らかっている訳では無いが、出したままの本やコートを仕舞っていき、ベッドを軽く整える。一人では少し大きすぎたここは、誰かと寝るには丁度いいだろう。




「……先生? 入ってもいいかい?」


「あぁ、どうぞ」


 寝室の扉が開かれると、そこには先程の姿のままのアンブローズが立っていた。確かに、元の姿だと寝るには少し狭くなってしまうだろうと思っていた私の傍に、彼はゆっくりと歩いて来る。そして整えたベッドの上に座ると、隣に座って来るようにと私に手招きをする。



「どうした……? って、なんだ、突然だな。それは……最後に会った頃の姿か」


「……うん、貴女が居なくなってしまう前だね。ほら、先生より背が高いだろう?」


 私より少し高いその視線をこちらに向けてくると、そう言って彼は笑いかけてくる。そういえば最近、この頃の彼の夢を見た事を私は思い出した。



「……伝えたかったことって、結局なんだったんだ?」


「伝えたかったこと?」


「ほら、お前が大学に受かって、研究員になれたら。伝えたい事があると……そう言っていただろう?」


 その言葉に、彼は少し驚いた顔をする。そして困ったように笑うと、彼はその若い頃のままの姿で口を開いた。



「覚えてたんだね……そうだな。随分と遅くなってしまったけど……忘れたことはなかったよ」


 彼はふと、こちらに身体を向けて私の手を取った。そして、真面目な表情になって。もう長い間言えなかったその言葉を口にした。



「……好きだよ先生。貴女に出会えて、俺は変われたんだ。貴女と過ごす時間がとても幸せで、この先もずっと一緒にいて欲しいと……ずっとそう思ってた。俺が、貴女を幸せにするから。どうか俺と、付き合って欲しい」


 きっと、今なんかじゃなくて。ずっと前からその言葉を考えていたのだろう。私はただ、それ程までに私を好きでいてくれた彼のその言葉に、何故だか無性に泣きたくなってしまった。



「……ずっと覚えていたのか?」


「……ずっと言いたかったんだ。貴女に出会って、夢が夢じゃなくなってから……ずっと。言えてよかった、あの時の俺は……もう二度と言えないと思っていたから。……ありがとう先生、俺を好きになってくれて」


 ただ見つめることしか出来ない私に、彼はそっとその顔を近付けてくる。当時の姿のままの彼のその行動に、私は気付けば涙を零していた。それに驚いた彼は、焦ったように私のその涙を指で拭ってくれる。



「せ、先生……!? ごめん、泣かせるつもりじゃ……」


「すまないアンブローズ……私は、お前を置いて……本当に、私は鈍いままだな。お前はあれだけ、私を想っていてくれたのに」


「いいんだ先生……俺は今、幸せだから。貴女が傍にいて、俺を想ってくれているから……次は、貴女に幸せになって欲しい。だから……どうか笑ってくれ」


 彼の言葉に、私は泣きながら笑顔を作る。そんな私の顔を見て、彼は静かに微笑んだ。




「先生、お風呂お先に借りました……って、なんで泣いてるんですか!? そ、その姿……も、もしかして嫌なことをされたんですか!?」


「ふぃ、フィー……!? 私は大丈夫だ、アンブローズは別に何もしてないよ。落ち着いてくれ」


「落ち着いてられませんっ! 貴方も早く先生のぬいぐるみにでもなって下さい! 先生を泣かせるなんて……許しませんっ!」



 そう言って抱きしめてくるフィーに、私は少しおかしくなって笑ってしまう。私の大切な、そして私を大切に思ってくれる人がこうして一緒にいてくれる今が、私はとても幸せだった。


 結局その日は遅くまで三人で騒いだ後、私達は倒れるようにして眠り込んだのだった。

第二章はアンブローズのお話でした。次回から第三章、大切な助手と、王子様のお話です。



少し投稿が遅れるかもしれません。のんびりお待ち頂けたら幸いです。

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