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【閑話】本音と憂鬱

リアン視点のお話です。

「……だそうだ。彼女は貴方のものにはならないと、そう言っていたよ」


「そうか、それなら都合がいい。彼の立場も鑑みれば、もう呪いが出ることもないだろう……はぁ、面倒だな」


 ケニスからの報告を聞いて、私はため息をついた。わざわざ部下のそんな報告を聞かなくてはならない状況も、今の立場も。仕事ばかりが溜まっていくというのに、さらに興味のない人間の相手をしなくてはならないなんて。



「……呪いが解ければいいんだがな」


「お前がそんなことを言うなんて、余程疲れているんじゃないか? リアン」


「……まさか、私が自身の管理を怠るとでも? 睡眠時間もストレス管理も十分だ。……少し、薬の量は増えたがな」


 人間の体はつくづく面倒だと私は思う。やらなくてはならないことばかりが山積みになっていく中で、それをこなしていくにも最低限の休息が必要だ。そして精神面に関しては、頭では理解していたとしてもどうにもならないと言うのは本当に厄介だ。



「お前に限ってないだろうが、あまり薬に頼りすぎるなよ……」


 彼に言われずともそれくらい分かっている。けれど自分だけではどうにもならない事があるのも事実だった。今の仕事の引き継ぎが終われば、その量も減らせるだろう。だが、悩みの種というのは厄介で、一つ減る度に二つ増えるらしい。



「あの落とし子が捕まった事はいい、だが不可解な点が多すぎる。彼女の家に行った時、確かに血と落とし子の匂いがしたんだろう? それなのに血痕は疎か二人とも何事も無かったかのように振舞っていた……面倒な事になっていなければいいがな」


「結局、捕まった彼女もグレイと同様黙(だんま)りだ。ハーヴァーさんを誘拐した件に関して得られた時間は一年……それまでにそのしっぽを掴まないといけないというのに。調べれば調べるほどグレイから遠のいていく。本当に厄介だな君たちは……」


「私を兄と一緒にするな……刑期が終わってしまえばあいつはまた動き出すだろう。継承権が失われた今、より自由に動く事を許してしまいかねない。せめて見張りを付けられる程度の証拠が見つかればいいんだが……難しそうだ」


 グレイが使っていたとされる研究施設を調べても、あいつ自身の足取りが全く掴めないままでいた。唯一証言のあるアクロイドが通っていた場所ですら、そこで見つかったものと言えば獣人族や他種族の研究結果、それに準ずる薬品のみだった。何故彼がそんなものを個人的に調べていたのかすらも予測しか立てられないのが現状だ。



「……それで、その呪いはどうにかなりそうなのか」


「……どうだろうな。彼女が彼の元に行ったことがどれほど呪いに影響するかも分からない。だが国立研究所の所長の相手に手を出すほど愚かではないさ。それは国としても良いとは言えないだろうしな。だが……まだこれを続けなくてはならないのか?」


 机の上に放り出された何冊もの冊子。その中には大手企業等の令嬢の写真が貼られている。この見合い写真を見てため息をついた私は、それをケニスへと投げて渡した。



「……なんだ、なかなか美人が多いじゃないか。気に入らないのか?」


「そもそも興味が無さすぎるんだ。数人と会いはしたものの……まるで駄目だな。まず先に、彼女たちが私に嫌気がさして出ていきそうだ」


「それはお前の性格が問題なのであって、彼女たちは何も悪くないだろう……」


「私に日常的な社交性を求めてくるのが間違っているんだ。一緒に暮らす相手に、わざわざ媚へつらって喜ぶことなど言ってられるか。それこそグレイがお似合いだろう、あいつは口も達者だったからな……そもそも何故あそこまでくだらない会話が出来る? 私の容姿と立場を褒めて何になると言うんだ」


 そういいつつも私は、見合い相手との会食では最低限のマナーは守っていたはずだった。だが、それを見てこちらに歪んだ好意の目を向けてくる彼女たちとは、この先一緒には居られないだろうと私はため息をついた。





「……兄さん、それは流石にどうかと思うよ?」


 気付けば執務室の扉を開けて、こちらを覗くように見ていたノアがそう声をかけてくる。



「……ノア、ノックくらいしてくれ」


「いや、なんだが嫌な雰囲気が漂ってきてたから……なんで兄さんはお見合い相手なんて探してるの?」


「お前が私に結婚するように言ってきたからだろう……」


 私の言葉に不思議そうに首を傾げていた彼女はそのまま近くまでやってくると、ケニスの持っていた冊子を見ながら口を開いた。



「美人さんばっかりじゃない。それにかなりいい大学も出てるみたいだし、頭の良さに文句はないんじゃない?」


「……学力なんて勉強すればどうにでもなるだろう。そんなものはどうでもいい、ただ私は」


「自分の話についてこれる人がいいんでしょ? それは正直無理じゃないかな……兄さんひねくれてるし、仕事の話ばかりじゃ嫌になっちゃうものだよ。兄さんは何か好きな物はないの? まずはそういった話を出来るようにならなくちゃ」


 なかなかな言われようだが、それを否定出来ないのも事実だった。もともとあまり他人にも自分にも興味のない私は、口から出ることといえば仕事の話か知的好奇心が働く内容程度だろう。彼女の言うとおり、自分の趣味や好きなものを語れることは、人との関わり合いでは重要だと言えた。



「好きな物……? 特出したものは無いが、そうだな、まず聡明な人間が好きだ。勿論、そうでなくとも守るべき民と国も愛しているが……私個人としては、正しくあろうとするものが好きだな」


「言いたいことは分かるけど、漠然としすぎじゃない……? 聡明な人が好きなのはもう家の血だとしても、正しくあろうとするものって……具体的にどんなもの?」


「……人間として、正しくあろうとするものだ。人を傷付ける事を良しとせず、他人の為に動ける人間。言ってしまえば良心的な行動が常とされる者か。ケニスやお前もそうだろう?」


 基本的にこの二人は、その良心に従って動ける人間だった。他人を思いやることが出来、正しいと思ったことを行動に移せる。当たり前のようでそれが出来る人は少ないだろう。



「明らかにグレイ兄さんとは正反対だね……じゃああの人は駄目なの? てっきり気に入ってるんだと思ってたんだけど」


「……彼女にはもう相手がいるからな」


「えっ、まさか兄さんみたいな人が他にもいるの……!? 美人さんだし頭もいいみたいだし、私のことも守ってくれるって言ったあの人が……そ、そう考えるといてもおかしくないのかな?」


 先程からなかなか聞き捨てならない事を言われている気がする。そもそもその彼女のことで悩んでいるというのに、呪いのことも彼女のその身体についても、何も知らないノアがそう言ってしまうのはある意味仕方の無いことかもしれない。



「私みたいとはなんだ……その彼は私とは違って善人だ。口も悪くない、気遣いも出来る、私より余程良いだろう」


「……け、ケニス、兄さんがおかしい……なんで? どうしちゃったの?」


「ノア……それは流石に言い過ぎだ、仕事のし過ぎと失恋のショックで疲れているだけだよ」


 わざとらしくそんな冗談を言うケニスを私は軽く睨みつけた。それを信じそうになっているノアを見て私はため息を着くと、返された冊子を大人しく受け取って口を開く。



「失恋も何も無い。私が誰かを好きになると思うか?」


「……さっき否定しなかったくせに。私より余程いいだなんて普通は言わないよ。……ふふ、ねぇ私いい事思いついちゃった」


「碌でもないことな気がするんだが、余計なことはするなよ……」


 悪い顔で笑うノアを見て、悩みの種がさらに増えそうだと私は思った。結局私が書類に手を付け始めてから彼女はしばらく客用のソファでケニスと話をしていたが、私が口を出しながら今後のことに関しての話をし終えると急いで執務室を出ていった。




「……ケニス」


「そう怒らないでくれ、ただの冗談だ。……冗談ではないかもしれないがな」


「何が言いたい……」


「そもそも呪いが発現する条件がおかしいんだ。何故あのサーカス団の団長を殺そうとしたか。確かに彼女を操ってお前に危害を加えようとしていた。だがその後、彼が大人しくなった後だ。お前が無抵抗の人間を殺そうとするはずがない。グレイの時でさえそうだったんだ。それなら呪いの引き金はなんだ?」


「それについては話しただろう? 彼女が王家に相応しいと判断されたからだ。彼女は……不死とは言えど、その体は人間のものだ。子を成せるとなれば……」


 非常に不愉快な話だろう。彼女の研究者としての能力を買っているだけならまだ良かった。それなのに、私が後継者としての立場になった途端これだ。確かに現状だと兄のように婚約者も居ない私にとって、相手を探すことは最優先だと言える。だが、元々結婚する気などなかった私にとって、彼女は格好の獲物だったのだろう。



「……本当にそれだけか? 何度見合いをしたところで、お眼鏡に叶う相手がいなかったんだ。けれど本来なら申し分ない女性ばかりだったはずだぞ。その能力も家柄も容姿も、子供さえ産めればそれでいいだろうに。それでも彼女に執着する理由はなんだろうな?」


「呪いがその人間の人格に反映されるというものか? 確かに……グレイも初めてその呪いが発現した時、躊躇うことなくあの官僚の首を切り落としていた。それを父上が警戒していた事は何度も聞いている。だが、それが今回の件にどう……」


 そこまで言って、私は気付いてしまった。つまり彼が言いたいのはそういう事だろう。私が、彼(・)女(・)に(・)惹(・)か(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)のでは無いかと。それが呪いにまで影響しているのではと、そう言いたいのだ。



「どんな理屈だ……そんな下らない理由で呪いが出る訳が」


「どうだろうな。お前が自分で言っていた通り、お前の性格は少々難がある。それを受け入れられるような女性が近くにいるのならば、探すよりも効率的だとは思わないか? そしてお前が彼女に惹かれているのなら、尚更好都合だろう」


 彼のそんな言葉に、私はため息をついた。彼の言いたいことは分かる。だがノアもケニスも、どうしても私が彼女に惚れている事にしたいらしい。だが、もうその彼女は手に入らないのだ。今更そんな事を言っても無駄だろう。



「……もしそうだとしても、もう関係の無い話だ。彼が手放すことがあれば、その限りではないがな」


「……気を付けておけリアン、お前が思っているよりも呪いは厄介だ。きっかけさえあれば、お前が彼女に何をするか分かったものじゃない。グレイだって、そうやって全てを手に入れてきただろう?」


 私はケニスを一瞥すると、再度小さくため息をついた。国の為だなどというこの呪いは、本当に国の為になるものなのだろうか。あまりにも曖昧なその定義に、私は多少の苛立ちを覚えた。これ以上薬を飲んだ所で、この精神状態が良くなることはないのだろう。




 一度考えることを止めた私は、そのまま執務室から出ていく彼の背中を見送って、溜まっていた書類へと手を付けることにした。

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